空腹をスパイスに、したくはない 6


 先端に向かうにつれ金になる髪を全体的に短くし、ソフトモヒカン風にしているその男――どこかダンディさを感じるデブは、人好きする笑みを浮かべながらバッカスに訊ねる。 


「そちらが助けてくれた人?」

「ま、成り行きでな」

「成り行きだろうと助けて貰ったコトには変わりないな。ありがとさん」

「どういたしまして」


 気楽に応じながら、バッカスはその男に悟られぬよう観察した。


 服のデザインは奇抜ながら、色合いは地味だ。それでいて着こなせている。


(芸人のたぐいか?)


 色味がハデに出来ないのは、芸を見せる時はともかくプライベートだとやや目立つのを嫌うタイプだから――かもしれない。


 今回は、芸人らしさとプライベートを両立させる必要があってこういう格好だと言われれば納得できそうだ。


(それ以上に、服の仕立てはかなりいいな……稼いでる道化か、そうでないなら……)


 少し確認してみるか――バッカスはいつもの皮肉げな笑みを浮かべた。


「しかしアレだな。あっちの豪華な馬車に乗ってる貴族狙いの襲撃に、近くにいたこっちが巻き込まれたのかと思っていたが……案外、狙いはおたくだった可能性もあるな」

「おっと、どうしてそう思った?」

「おたくもお忍びだろ?」


 そう指摘すると、彼はこれは参った――とばかりに頭を掻く。

 ただそこですぐに口にせず、少し何か考える素振りをみせた。


 ここで素直にうなずくかどうかを天秤にかけているのだろう。


 その上で、彼は頼りなさげににへらと笑った。


「三男だし、ほぼ勘当に近い立場だけどな」

「そうなのか」

「家出同然に語笑かたりわらい一座の『サンプレイ』の門戸たたいて座長に土下座し、その座長に弟子入りしたんだよ」

「貴族の三男でそれ大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃねぇから、それ以来……オヤジと会ってないんだなコレが」


 わっはっはっは――と、彼は朗らかに笑う。

 実家としては笑い事ではないのだろうが、彼はサンプレイ一座に飛び込んだことを後悔はしてなさそうだ。


「おたく、年は?」

「28」

「一つ上か」


 小さく呟き、少し思案する。

 ふと、学生時代の噂を思い出し、その脳裏に過ぎった名前を口にした。


「もしかして、おたくライトノフ・ジュッツ・インテンリオって名前じゃないか?」

っっっわッ!? え? 何で分かった? 分かる要素あったッ!?」


 名前を確認しただけなのにドン引きされてバッカスは苦笑する。


「中央の学校に通ってたんだよ。一つ上の学年で、唐突に学校にこなくなった先輩の噂を聞いたコトがあったからな」

「だからってすぐに出てくるの怖ぇよ……」


 ぶつぶつと言いながらライトノフは頭を掻き、それから小さく嘆息した。


「今はシノン・ケンカイオスを名乗ってる。

 そんで師匠からはサンプレイを名乗って仕事するコトを許されててな。

 さらに師匠からはホイーラピスという芸名を貰ってるから、二つを合わさせたホイーラピス・サンプレイってのがおれの語名かたりなだな」

「語名貰える程度には芸を磨けてるのか、やるじゃあないか」


 語笑いという芸を説明するとすれば、バッカスの前世における落語に近いモノだ。フリースタイルの落語というべきだろうか。

 定番のネタというのはあれど、古典落語のような決められたネタのようなモノはない。

 そういう意味では現代落語に近いかもしれない。


 バッカスも語笑いは嫌いではないので、ケミノーサで語笑い芸をする者がいると足を向けることがあるくらいには好きだ。


 ちなみに語名とは、落語家で言うところの亭号のようなもの。


 一座の名前を名乗って芸をして良いということは、その名を汚さないだけの芸が出来る者であると、座長が認めているも同然ということである。


「俺はバッカス・ノーンベイズ。本職は魔剣技師なんだが、なまじ何でも屋ショルディナーの資格を持っているせいで、こうやって便利使いされている男だ」

「貴族に顔が利くし事情にも詳しいから余計だろ?」

「そういうこったな」


 合点がいったようにニヤつくシノンに、バッカスは面倒くさげに肩を竦めた。

 軽く言葉を交わしただけだが、シノンとは気が合いそうな気がする。


「そういやあっちの豪華な馬車に誰が乗っていたのかは聞けるヤツ?」

「それを答える前にひとつ確認してもいいか?」

「重要な質問?」

「かなりな」


 バッカスが真面目な顔をしてうなずくと、シノンも真面目な顔をしてさぁ来いというような態度を見せる。


「お前さんの実家がお前に刺客を送る可能性はあるか?」

「ない」

「断言するんだな」

「オヤジとは家出してそれっきりだが、そういうコトをする人じゃない。むしろ暗殺とかあまり好きじゃなかったハズだ。それは兄貴や姉貴たちもだな」

「まぁ家出している時点でお家騒動もカヤの外にはなるか」

「なってると思うぜ。連絡も何もないしな」

「おたくが連絡先を教えてないだけだろ?」

「それもある」


 くかかかか――と楽しそうに笑うシノン。

 家出したことに微塵の後悔もなさそうな男だ。


「あっちの馬車な。マーナ妃が乗ってた」

「……は?」


 笑っていたシノンが突然固まる。


「護衛……誰か一人つき合ってくれ」


 そして、絞り出すようにシノンがそう口にすると、護衛の何でも屋たちが一斉に顔をしかめた。


「黙ってオレの横に立ってるだけでいいから……。

 さすがにサンプレイ一座のホイーラピスとして、挨拶しないワケにはいかないんだよ……」

「サンプレイ座長は王様の前でも芸を披露したりするもんな。王家相手を無視するワケにもいかないか」

「……おう」


 貴族でなくなったとしても、サンプレイ一座の語名を持つモノとしては、営業を含む挨拶という形で、関わらざるを得ないのである。


「しゃーない。付き合ってやるよ。お前らだと荷が重いんだろ?」

「助かる」


 安堵したようなシノン。

 それは護衛たちも同じようだ。


 だが護衛たちの中で、一番若い何でも屋が挙手をしながら近寄ってくる。


「あの、オレも一緒に行っていいか?」

「あん?」


 周囲が「おい」「ばか」「やめろ」と言うのを聞く耳持たず、真っ直ぐにバッカスを見つめてくる。


 憧れと、尊敬と、何より自分も貴族に対して強く出たいというような意志を感じる眼差しだ。

 それを見、バッカスは首を横に振った。


「ダメだ。少なくとも今のお前は連れていけない」

「なんで……ッ!?」


 案の定食ってかかってくる。

 同じ駆け出しでも、バッカスの工房に出入りしている見習いの小娘どもとは大違いだ。

 もちろん、目の前にいるガキの方が下という意味で。


「俺はある意味で王家から道化師のように扱われてんだよ。厳密にはかなり違うけどな。ともあれ、だからこそ許されている」

「許される? 何を?」


 いぶかしむ若い何でも屋。

 その姿を見、シノンは苦笑するような嘆息するような様子で、告げた。


「何を――と返す時点で、お前さんを連れていくワケにはいかないのよ」

「え?」


 シノンからも拒絶されてしまい、若いのは目を見開く。


「バッカスは別に王侯貴族に逆らってはいないんだって話だな」


 実際は貴族なんぞ嫌いであるとばかりに逆らっているのだが、そこはそれだ。方便という言葉もある。


「だけど君は貴族に反抗したいからバッカスを見て勉強しようとしている。その時点で連れていくワケにはいかんのよ」


 そして、このシノンの言葉にバッカスも同意する。

 物事の表面だけを見て憧れられても困るのだ。


「どういう意味ですか?」


 困惑する彼に、バッカスは冷たく告げる。


「俺もシノンもお前の仲間じゃあないし、教育係でもない。知りたければ仲間に聞け。答えてくれるかどうかは知らんがな」

「そういうコトだ。それじゃあバッカス頼むよ」

「あいよ」


 困惑して立ち尽くす若いのを背に、バッカスはシノンを連れて、マーナのところへと戻るのだった。



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 書籍版7/14発売です٩( 'ω' )وよしなに

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