僕たちは、互いに利用しあっている限り


「メーディン様」


 女性の声で名前を呼ばれ、メーディン・シュテン・ヤーカザイは作業の手を止めた。

 メーディンはサラサラとした金の髪を揺らしながら顔をあげる。


 彼の翡翠の双眸が向けられた先にいるのは、妻であるマーナ・ヨッツィ・ヤーカザイの姿があった。


「どうしたマーナ?」

「ケミノーサへ派遣した騎士についてです」

「まぁ、気になるだろうね」


 マーナの片側でのみ高めに結わえられ尻尾のようになった栗髪の揺れる様は、動物が怒って尻尾を振り回しているようで、少し可笑しい。


「ええ。気にならないワケがありませんでしょう?」


 彼女の藍色の瞳は真っ直ぐにメーディンを見据えている。

 誤魔化して逃げるのはナシだ――と言われているようで、メーディンは些か心外だと肩を竦めた。


「私の手の者が調べた限り、ドルトンド卿の子シムワーンは、素行も態度も、騎士に相応しくはありません。それを隊長に据えるだなんて……!」


 他者をゾンビに変えてしまう異形のゾンビが現れているという町へ派遣するには、あまりにも問題がありすぎる。


「しかも同行者も彼に選ばせていましたよね?」

「任務の内容もロクに把握せず、実力よりも身内を優先し、選んでいたね」


 ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべながらメーディンが肯定すると、妻の目は鋭く細まった。


「分かっていて止めなかったのですか?」

「分かっていたから、部隊を二つ派遣したのさ」

「どういうコト?」

「シムワーン隊の活躍など微塵も期待していない。むしろ活躍しないで欲しいとさえ思っている。いっそ全員ゾンビにでもなってくれれば気がラクだ」

「メーディン様、あなた……」


 どうやら妻はこちらの意図に気づいたらしい。


「ある意味では最後の機会さ。

 ロクに仕事ができない無能の集団など、まとめて切り捨てたいからね」

「部隊編成の時点で仕事をしてない以上、彼らに挽回の機会はないでしょうね」

「ああ、最後の機会っていうのは別に無能たちの話じゃないよ」

「は?」


 妻の「何言ってんだコイツ?」という視線を笑って受け止めながら、メーディンは答える。


「最後の機会というのはシムワーンの父君の方さ。

 現翠夜すいやの騎士であるシダキ・マーク・ドルトンド卿のコトだよ。

 彼は表向き近衛騎士だけどね。本来の所属は酒盗機関シュトーきかんなのさ。だから『さかな探し』の任務を与え、ケミノーサに行ってもらった」

「ケミノーサへ諜報任務? 何を探らせに?」

「シムワーン隊の素行だよ。必要とあれば、その場で断罪する権限も与えてある」

「それは……」


 つまり、派遣された息子の素行を見、必要とあらば己の手で処刑してこいという任務である。

 処刑せずとも、息子を罪人として捕縛できるかどうかこそが、この任務の分かれ目だ。


 シダキが息子を逮捕ないし処刑する。それが出来ないのであれば、数多くの有能騎士を輩出してきた名門ドルトンド家の歴史が、この時代に閉じることになるだろう。


 すでに、メーディンの中でシムワーンは罪人だ。


 罪状はいくらでもある。

 将来を期待されていた女性騎士クリスティーナの尊厳をけがし、騎士を辞めさせた。それどころか、騎士団の一部を私物化しているという証拠もある。


 その私物化により、一部の女性騎士や女性文官が使い物にならなくなってしまっている。


 加えて、謀叛と取られかねない言動や行動なども確認されている。

 ここまで来れば言い逃れなどさせる気も無い。


「ケミノーサには信用できる悪友がいるしね」

「でましたね。メーディス様の悪友自慢」

「今日は違うさ。自慢じゃない。むしろ懺悔に近いよ」


 メーディスは自嘲気味に笑って、小さく息を吐く。


「シムワーンは魔剣を手にしている。それもタチの悪い奴を、だ。

 あの魔剣は、僕の悪友が嫌悪するタイプの魔剣だからね」

「では、女性たちが不自然にシムワーンになびいていたのは……」

「魔剣のチカラさ。あの魔剣は女を自分に依存させるチカラがある」

「最低ですね」

「その最低な魔剣を悪友に見て欲しかったのさ」


 必要なのは、魔剣の放つ呪いを解く方法だ。

 あの魔剣を見れば、それを解除する魔導具を悪友が作り出してくれると、メーディスは信じている。


 あるいは、もうすでに情報をつかみ、対策の魔導具などを作っていても不思議はない。


 そして、その解呪の為の魔導具をメーディスへ送ってくることだろう。


「その結果として、悪友には飲み仲間とその息子の首を刎ねるという業を背負わせてしまうかもしれないが」

「飲み仲間、ですか?」

「悪友が王都にくる度に、ドルトンド卿はお忍びで下町に出て、一緒に酒盛りしてるんだよ。

 ドルトンド卿は魔剣好きな人だからね。悪友と話が合うらしい」

「そんな関係の相手を、あなたの悪友さんは斬れるのですか?」

「必要あらば斬るさ。おおかた、僕にだけ業を背負わせたくないとか言って、泥をかぶる為に前に出てくる」


 何とも言えない顔をして、メーディスは苦笑する。


「貧乏くじを進んで引く類の人間だからね、アイツは」


 どこか遠くを見つめるような、親しみの笑みと、仕方ないという思いの苦笑が混ざったような、様々な感情が混ざったような複雑な顔を、メーディスが浮かべた。


「またアイツに貧乏くじを引かせてしまうのは、些か申し訳ないんだがな」


 すると、妻は突然口元を押さえてうずくまった。


「うっ」

「マーナッ!? つわりかいッ!?」

「今の顔、良すぎる……」

「なんだ。いつもの発作の方か。まぎらわしい」


 どうにも妻は、人の顔を見て口元を押さえ出すクセがある。あるいは発作か。

 悪友について話をしているときに、発生する場合も多いのがよく分からない。


「本当に、メーディス様はただでさえお顔が良いのに、悪友さんの話になると、尊い表情をされるコトが多くて……」

「君が、僕の顔が好きだと公言しているのは知っているが……時々うずくまるのは本当になんなんだ?」

「尊さが限界を超えるとなりませんか?」

「尊さが限界を超えるという感情がよく分からなくてね」


 とはいえ、良くあることなので、もう馴れてしまったが。


「それにしても、メーディス様は本当にその悪友さんがお好きなのですね」

「好きとか嫌いとかっていう感情ともちょっと違うかもしれないけどね」

「嫉妬してしまいそうになる時はありますよ。

 いっそ、亡き者にしてしまおうか……なんて思うコトも」


 マーナがそう口にした瞬間、メーディスの顔から表情の一切が抜け落ちた。


「君のコトは愛しているよマーナ。

 だけどね。彼に余計な手出しをしたならば、例え君であったあとしても、僕は容赦が出来そうにない」


 昏い顔と声でそう告げるメーディスが、マーナに迫る。

 次の瞬間――


「うっ……無表情に怒る時であっても顔が良い……。」

「君さぁ……」


 マーナは口元を押さえてうずくまる。

 毒っ気が抜けたメーディスが、小さく嘆息する。


「怒らせてしまったのは申し訳ありません。冗談ですし、実行する気もありませんので、お気になさらず」

「まぁ君が悪友に嫉妬するくらいには、僕のコトを好いていてくれるという事実は純粋に嬉しいけどね。

 君の僕に対する好きだという態度を見るたびにね、悪友と馬鹿話で盛り上がった時と同じくらいの癒しを感じるから」

「…………」

「マーナ?」

「はぁ……良い顔で嬉しいコトをさらりと……」


 何やら口元を緩ませている――あるいは緩みそうな口元を必死に閉じているようにも見える。


「お気になさらないでください。嬉しかっただけですので」

「君の感情表現を読みとるのは難しいな」

「メーディス様が悪友さんに向ける感情ほどではありませんよ」

「そう?」


 メーディスが首を傾げた時、妻は「そういえば」と何か思い出したように訊ねてくる。


「悪友さんのお名前、そういえば聞いたコトがありませんでしたね」

「あれ? 言ってなかったっけ? バッカスだよ」

「バッカスさんと言うのですね!

 メーディス様は、バッカスさんのコトを悪友と呼んでおりますけど、親友とかではないのですか?」


 んー……と、メーディスはうなる。

 大した理由はないのだが、いざ口にしようとすると少々照れくささもあるのだ。


「まー……なんだ。お互いに親友と呼び合うのが恥ずかしいのさ」

「まぁ!」

「何でそんな目を輝かせるんだ、君は」

「お互いを親友だと認識した逸話とかありませんの?」

「何でそんなにワクワクした顔をしているんだ、君は」


 妻の態度にツッコミをいれつつ――とはいえ、妻くらいには語ってもいいか……などと思い、メーディスは苦笑気味に答えた。


「僕とバッカスはね。まぁ、互いに利用しあう仲なんだよ。それを明確に語り合ったコトは少ないけどね」

「お互いに納得した上で、利用しあっているというコトですか?」

「そうだよ。学生時代も、僕はバッカスに貴族としての作法や考え方、そして悪い遊びを教えた。

 一方で僕もまた、バッカスから平民としての作法や考え方を、そして悪い遊びを教えてもらったんだ」

「お互いに悪い遊びばっかりしていたのではありませんか?」

「否定はしないよ」

「あらまぁ!」


 さらに目を輝かせる妻の態度を無視して、メーディスは続ける。


「バッカスが王都を離れる日、お互いの関係について話したコトはあったかな」

「わくわく」

「……僕たちは、お互いがお互いの至上とするものの為に、互いを利用することを厭わないでいる限り、自分たちは大親友あくゆうだ――みたいな話をした記憶がある」

「……っ!?」


 妻が口元だけでなく胸元も押さえてうずくまり、身体を震わせている。


「思い出の言葉を口にする瞬間の儚くも力強いお顔……尊さ越えた尊さの先にある尊さが……!」

「そろそろ仕事の邪魔になってきたから、退室して貰ってもいいかな?」


 ツッコミを入れるのにも疲れてきたメーディスが告げると、マーナは何事もなく立ち上がった。


「私としてもお仕事の邪魔をする気はありませんのよ?

 騎士派遣についての真意を伺えたので、用は済みました」

「そうか。余計な気を使わせてしまったかな?」

「婦人同士のお茶会でも、そういう話が出そうだったので、裏を取っておきたかっただけですよ。

 もちろん、真相を語るつもりはありませんが、意図あってのものだと知っているかいないかの差はありますので」


 事実を知って嘘をつくのと、その場を誤魔化すだけの嘘をつくのは違うということだろう。


「そうだ、マーナ。少し頼んでもいいかな?」

「内容にもよりますが」

「魔剣被害の詳細を知りたいんだ。

 身持ちを崩した女性たちの被害状況というべきかな? 彼女たちに婚約者はいないか、彼女たちが何か犯罪などに手を出していないか……。

 僕の視点では気づかない、気づけない情報などがあると助かる」

「かしこまりました。お茶会の席などで探りをいれてみます」

「お願いするよ。今日の仕事は早めに終わる予定だから、一緒に食事をとろう」

「はい。お待ちしております」


 一礼し、退室していくマーナを見送ってから、メーディスは小さく息を吐く。


 椅子から立ち上がり、執務室の窓にかかるカーテンの隙間から外を見た。


 あいにくの曇り空。

 だが、雲と雲の隙間から漏れ出る陽光が、神々しく大地を照らしている。


「手塩を掛けて育てようと、それを理解せず、家族を巻き込んで滅びに向かう無能な子供を授かると大変だね。ドルトンド卿」


 願わくば……今、妻のお腹の中にいる子供が、そんな無能に成長しませんように――と、メーディスは神に祈る。


 外を眺めるという僅かな息抜きを終えて、彼は席に戻った。


「あーあ、なんか久々にバッカスの料理が食べたくなってきたよ」


 気軽にそれが楽しめない立場になってしまったのは、本当に残念なことである。


 ぶつぶつと独りごちながら、メーディスは今日も面倒くさい仕事を片づけていくのだった。

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