金の亡者と、お金好きな商人は違う


 貴族街にほど近い、商業地区のはずれ。

 バッカスはそこにある、とある建物に向かって足を進めていた。


 商業ギルド。

 そこが、バッカスの目的地だ。


「邪魔するぜ」


 バッカスは魔導具の入った大きな袋を小脇に抱えながら、その建物のドアに手を掛けて、中へと入っていく。


「あら? バッカスさん? お久しぶりですね」


 顔見知りの受付嬢が笑顔を向けてくれたので、彼女のいるカウンターへと向かう。


「新商品に関する各種手続きを頼む」

「まぁ! 今度は何を作ったのかしら?」

「いくつかあってね。バーザムさんいる?」

「いますよ。いまならすぐ会えるかと」

「取り次ぎ頼むわ」

「かしこまりました。そちらのソファで待っててくださいね」

「ああ」


 勝手知ったる――ではないが、何度も来ているので、戸惑うことなくロビーのソファへと腰をかける。


 口にするたびに、某青いロボットを思い出してしまうような名前を持つ商業ギルドのマスターを待つことしばし。


「バッカスさん。執務室に来てくれですって。場所は――」

「大丈夫だ。場所は分かる。ありがとな」


 受付嬢に軽く手を振って、バッカスは商業ギルドのマスターが待つ執務室へと向かうのだった。




「直接、私を指定してくるのは珍しいな」

「新作は、色々専門的な要素も多いんだよ」


 商業ギルドのマスターであるバーザム・ワイバード氏は別に青くはない。

 茶色の髪に緑の目をした、見た目だけならどこにでもいる――ちょっとお腹の出た――中年だ。


 だがビシっと着こなしたビジネススーツに、人の良さと腹黒さの両方を感じる雰囲気は、いかにも商人といった男である。


「専門的にすぎると、説明を受けても困るぞ」

「あー……専門家向けの魔導具ってだけで、取り扱いに専門性はいらないから安心してくれ。その分、販売ルールは厳格にして欲しいっていうのがあるんだが」

「ふむ」


 バーザム氏がひとつうなずき、とりあえず見せてみろと示してくる。


「新作はいくつかあるんだが……まずはふつうに取り扱えるやつだ」

「そんなにあるのか? 金に困ってるワケではないだろう?」


 バッカスが持ってきた袋をごそごそやっていると、バーザム氏が訊ねてくる。

 その問いに、バッカスは肩を竦めた。


「知り合いに見せたら登録してこいとせっつかれたのが一つ。

 開発段階で相談した時、完成したら登録してこいと言われたのが一つ。

 あとはまぁ登録しといた方が良いだろうなってのが一つ。

 それとおまけだな」

「つくづく君は人が欲しがるモノを造っているんだな」


 苦笑するバーザム氏の前に、バッカスは小型コンロを差し出す。


「ふむ。これは?」

「小型のコンロだ。

 通常の家庭用コンロと違い、発火の術式はクズ魔宝石でも動かせる。そして発火用の魔宝石も交換しやすい仕様だ。その分、火力は低いし持続時間も短いがな」

「だが、カバンに入るサイズという利点は大きいな。君をせっついたのは何でも屋ショルディナーさんかな?」

「ああ」


 バーザム氏は「ううむ……」とうなりながら黙り込む。

 恐らく脳内の計算機を凄まじい勢いで弾いていることだろう。


「コンロに関してはいつも通りの契約と販売方式で頼む。作成の予算はこれな」

「思ったより一つ当たりの作成費用が安いな……これだと通常コンロの既得権益を奪わないかい?」

「それはない。火力が違いすぎるんだ。それにランニングコストが大きく異なる」

「ランニングコスト?」


 バッカスは胸中でしまったと舌打ちする。ついつい地球の言葉を使ってしまった。

 だが、便利なフレーズであることは間違いないので、言葉の意味を説明する。


「運用資金とか継続的使用時のコストというべきか……。

 通常のコンロに使われる大型魔宝石は、専門家が交換する必要はあるものの、一度交換すれば数年は持つ。

 一方で、この小型コンロはクズ魔宝石でも使えるが、一日持つかどうかだ。クズ魔宝石だって毎日買ってたらバカにならんだろ?

 毎日、同じ時間使い続けた場合、最終的には小型コンロの方が高くつく。

 百のコストを支払い数年使い続けるのと、一のコストを毎日支払い続けるのと、どっちがマシかってコトになる。

 何より純粋な性能面では、通常コンロの方が上だしな」

「なるほど。小型コンロは何でも屋や傭兵が、外出中の食事の幅を広げるためのモノか」

「あるいは、食卓においてスープも暖めながら食べるとかな。

 使い方はいくらでもあるが、それでも火力が必要な料理には使えないさ」


 その大型コンロだって改良点はいくらでもあるが、余計な連中に目を付けられたくないので、バッカスは個人用に留めている。


「ふむ。いい品じゃないか。

 誰がどう使うかを考えた上で、量産する上での製造方法や作成費用まで意識しているのも、大変ありがたい」


 特に魔導ギルドの上層部は鬱陶しい。

 だからこそ、バッカスは自作の魔導具をどこかに登録するときは、商業ギルドに直接登録しにくるのだ。


「どこの誰と比べているかは、敢えて聞かないでおくよ」

「フン。金の亡者と金が好きな商人を一緒くたにされても困るしな」


 二人そろって、皮肉げな笑みを深めあう。


 魔導ギルドを通しての発明品の登録はひたすら徒労しかない。あそこは魔導オタクか金の亡者しかおらず、商人気質や事務員気質の人間が非常に少ないの故の問題が山積みなのだ。


 ムーリーが駆け出しの頃に使える利点だけ有効利用してとっとと抜け出したのも、魔導ギルドの気質が肌に合わないかったからだろう。


「よし、小型コンロは分かった。

 次の品を見せてもらえるかな?」

「わかった。一応登録しておこうとした品を出す。

 ……そして今のうちに断っておく。ちょっと引くような見た目をしているんだ」

「……私はこれから何を見せられるというのかね?」


 そうして、バッカスは袋の中から、ストロパリカの為に造った魔剣バンドと同じ品を取り出した。

 こちらは、量産用ではなく、ストロパリカ用に造ったモノとほぼ同じだ。


「……なるほど、すごい見た目だ」


 予想通り引き気味のバーザム氏。

 だが、バッカスは無視するように、それを示して説明を始める。


「制作依頼者の命名により、商品名は『立派な魔剣』になった」

「確かに立派だな……。私の魔剣よりも立派かもしれない」

「唐突にいらない情報を出してくるんじゃあない」

「重要な場面で開く予定だった伏せ札の一つだよ?」

「一生伏せとけよ、その札。そもそもいつ使う為に伏せてるんだよ」


 こめかみを押さえながら告げて、バッカスは説明を再開した。


「女娼からの依頼で造ったモンでな。魔剣を持たない女性でも魔剣の感覚を得られる魔導具だ」

「待てッ!」


 バッカスの説明に対して、バーザム氏は食い気味に声を上げる。


「存在しない器官の感覚を得られるのか?」

「ああ」

「革命なんてモノではないぞ……」

「これがあれば女同士でも楽しめるし、不能なやつが女を楽しむのにも使える」

「不可能を可能にする魔導具ではないか……。

 仕様用途や見た目に関しては色々と言いたいコトしかないが」

「まぁそこは否定しないが……」


 バーザム氏の言葉に、苦笑しながらうなずくバッカス。

 そして、その顔のままバッカスはもう一つの魔導具を袋から取り出した。


「そして本命がこれだ」


 それは、ストレイの為に造った日常用義手のデチューン品だ。

 彼に造ったものよりも、見た目は少し作り物っぽくなっている。中身は機能的な面はほぼそのままに、少しだけ作成難易度とコストを下げることに成功していた。


「義手……つまり、感覚のある義手なんだな?」

「その通りだ。

 立派な魔剣を造った理論が、これに応用できると気づいたんだ。

 俺はこの感覚のある義肢を『感覚接続型義肢』と呼ぶコトにした」

「感覚接続型……」


 バーザム氏はどちらの品に対しても、恐れ慄くように身体を震わせている。

 脳内で計算機を弾いても、利益などが計算しきれないのだろう。


「これらは完成した商品も、設計図も、特定の条件を満たした相手にしか売らないで欲しい」

「理由を聞いても?」

「術式を色々と悪用できる。頭の良いバカが好奇心で危ない応用をしまくって問題が発生した場合、国が腰を上げて販売を制限しかねん。術式そのものが禁呪指定される可能性もある」

「頭の良いバカに心当たりしかなくて頭が痛いな」


 魔導具ギルドとか魔導具ギルドとか魔導具ギルドとか。


「なので基本的には、商品の販売と設計図の閲覧に関して――義手は医術師ないし医術師の許可を得た者に限らせてくれ」

「立派な魔剣もか?」

「こっちは医術師ないし医術師の許可を得た者と、信用できる顧客だな。用途を考えると医術関係者以外の需要の方があるだろうし。

 それと立派な魔剣は使用年齢を制限する。二十歳未満は装着不可にしてくれ」

「年齢制限の理由は?」

「こっちも術式絡みだな。

 使っている基本の術式は義手と同じワケだが――どっちも、脳に感覚を誤認させる術式を使っているんだ」


 そう告げてバーザム氏を見ると、彼は先を促すようにうなずいた。


「義肢はそれでも問題ない。本来は存在しているはずの喪失器官を誤認させているだけだからな。

 だが、立派な魔剣はそうじゃないだろ? 本来存在しないモノの感覚を誤認させるワケだ。

 成長期のガキが使った場合、肉体そのものが自分を男性と誤認して、女性的な肉体成長が阻害される可能性がある」


 それを口にしてからバッカスは微妙な顔をしているバーザム氏に補足する。


「胸のサイズや、ムダ毛の話じゃあないからな? まるっきり無関係ってワケじゃないが、これはエロの絡む話では無く真面目な話だ。

 男には男の、女には女の……肉体成長において必要な肉体機能なんかが成長し発達していくんだ。

 成長途中の女が立派な魔剣を使うと、その成長と発達を阻害しかねないって話だよ」


 男性ホルモンや女性ホルモンなどの話題は、この世界の医学界でも密かに論じられ初めてはいるが、一般人にはまだまだ通じない。

 バッカスはそれをできるかけ噛み砕いて説明してから、続ける。


「成長と発達が阻害されると、生理不順や不妊なんかを筆頭とした、女性機能に関する異常が発生する。しかもただの異常じゃない。正しくそれが行われる肉体に成長できなかった故の異常だからな。治療手段がない可能性がある。

 もちろん一回や二回使ったくらいではならんかもしれんが、なるかどうかも可能性だ。使う回数を増やせば確率はあがる」

「二十歳を超えた女の使用は問題ないのか?」

「完全にゼロとは言えないが、その歳まで成長してれば、肉体機能はだいたい完成しているからな。発生率はかなり下がるだろう。

 立派な魔剣を使うコトに依存するほどハマったりしたら知らんが」


 ストロパリカに渡した立派な魔剣の説明書にも、このことは記してある。それを装着した側は、未知の快感に対する中毒が発生するかもしれないという警告も一緒にだ。


 彼女であれば文面の意味を正しく理解し、正しい運用をしてくれると思いたい。


「なるほど。感覚接続型義肢のそれぞれも理解した。コンロともども契約書を用意しよう。最後は、おまけとやらか?」

「まぁ、本気でおまけなんだが……これも、立派な魔剣と同じ制限をかけてくれ」


 そうして、バッカスが取り出したのは粘度を持つ液体の入った小瓶だ。


「……それは?」

「岩樹の樹液ベースで造った媚薬。

 立派な魔剣を依頼してくれた幻娼のお姉さまから太鼓判もらったぜ」

「君は調剤もできるのか……」

「実は立派な魔剣の内側にこいつをため込んでおけるタンクがあるんだ。そのタンクにこいつを事前に仕込んでおけば、刀身から出すところまで楽しめる仕様になっている。媚薬効果ナシの液体も用意してあるぞ。

 もちろん、体内に入っても悪影響はないように細心の注意を払って作ってある。樹液なんで当然ながら妊娠もしない」

「なんでそんな無駄にこだわった仕様なんだ?」

「凝りはじめたら、つい……」


 何となくバツが悪いバッカスは、バーザム氏から目をそらす。


「まぁいい。商品そのものとして見た時は、媚薬単体でもそう悪いもんでもないからな」

「依存性は低いが、効果もそこまで高いもんじゃないぜ」

「依存性がないのはかなり良いな。裏で出回るのはその辺の考慮がまったくされてないから危険なんだ。媚薬としての効果は上げられるか?」

「そうだなぁ……三段階くらいにわけるか? あげても問題ない範囲になるが」

「そうしてくれ。これを一段階目にして、上二つを作ってくれ。効果が高い奴ほど値段を上げる」


 了解だとうなずくと、バーザム氏は契約書を用意してくると、席を立ち、部屋の隅にある棚へ向かった。


 バーザム氏が戻ってくるのを待ちながら、バッカスは天井を見上げてぼんやりと考える。


(コンロと媚薬はともかく、感覚接続型義肢の二種はすぐに黒字になるような品ではないだろうな……)


 まぁそれでも、これによって助かる人がいるなら悪くもないか――そんなことを思いながら、あくびをかみ殺すのだった。


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