たまにはちょっと、そんな気分 6
襲いかかってくるゾンビカルヴの攻撃を捌きながら、クリスは相手を分析していく。
戦っていて分かったが、ゾンビ化したリーダーカルヴはカルヴとしての理性や本能を残してはいるものの完全ではなさそうだ。
あるいは、完全にゾンビ化して理性などを失っていたならば敵性体として群れに殺されていた可能性がある。
だがそうならなかったのは、この
ゾンビとしての本能のままに、
(それに、今まで戦ってきた
以前戦ったゾンビは、ただ本能のまま壊れかけの肉体を使っている感じだったのだが、このリーダーはそうではない。
(ある意味で、バッカスが一番警戒していたタイプのゾンビだな)
生前の能力を十全と言わずとも使いこなすゾンビ。
それがこれほどまでに厄介だとは、クリスも思っていなかった。
(攻撃を避ける。あるいは本能的にわざと喰らう。
野性的な理性と本能が、ゾンビ化して丈夫になった肉体を戦術に組み込んでくる。
なるほど、面倒くさいコトこの上ない……)
だが、厄介なだけだとクリスは思う。
「
あるいは、脳が完全に死んでいないので、理性や本能が働いている可能性がある。
もっともどちらであっても、問題はない。
色々たまっている鬱憤を晴らす為にも、大技を使って倒してやろうではないか。
「誇れよ、お前は私に魔術を使わせた」
あまり得意ではないが、クリスも魔術は使える。
とはいえクリスの魔術は切り札のようなものであり、日常使いできるものではないのだが。
左手を魔力帯で覆い、白の神とその眷属に祈り、それらに関する記述を刻んでいく。
「我が左手に
呪文の通り、その左手は光に覆われ、ややして白金に輝く魔力の盾が現れた。
続けて、右手に握る剣を中心に魔力帯を展開。
同じく白の神とその眷属に祈り、関する記述を刻んでいく。
「我が愛剣に降りよ、
呪文の通り、クリスの握る剣が白い光に包まれる。
さらに続けて、自身の背中に魔力帯を展開。
やはり、白の神と眷属に祈り、記述する。
「我が魂に宿れ、
その背に、白い天使の翼が現れる。
「久々の
クリスが身に纏う膨大な白の魔力に、さすがのカルヴたちも、怯みを見せる。
唯一、怯むことなくクリスを見ているのはゾンビ化しているリーダーだけだ。
「おーおー、派手な技を使うなー」
場違いなほど呑気なバッカスの声に、クリスの肩の力が抜けていく。
だが集中力ややる気は、むしろ増した気もする。
バッカスが見てくれているのであれば、この切り札――見せつけてやるのもやぶさかではない。
そして、クリスが背中の翼をはためかせながら、地面を蹴った。
刹那――彼女はリーダーカルヴの目の前に肉薄する。
「……!?」
その速さに、リーダーカルヴが驚いたような顔をした。
ゾンビ化しながらも、ある程度の感情も残っているようだ。
だが、手を抜く気はない。抜きようが無い。
「はあッ!」
光を纏った剣を振り下ろす。
リーダーカルヴは身をよじって躱そうとするが、その身をザックリと切り裂いた。
刃が刺さっている限り、このカルヴは死ぬことはない。
何より――こいつを倒しただけで、集まってきているカルヴたちが解散するとは限らない。
だから――
「やあッ!」
リーダーカルヴには悪いが、ほかのカルヴたちへの見せしめになってもらう。
クリスは左手の盾を、すくい上げるようにリーダーガルヴに叩きつける。
「飛べッ!」
ぶつかった瞬間、盾から閃光と衝撃が放たれてリーダーカルヴを空高く打ち上げた。
そして、その背の翼で追いかけるように飛び立つ。
すれ違いざまに一撃を放ち切り裂きつつ、リーダーカルヴよりも高所で止まると、その翼を見せつけるように大きく開いた。
魔力で作られた翼から抜けた羽が舞う。
その舞い踊る羽がリーダーカルヴを包み、カルヴを拘束するように、いわゆる魔法陣のようなものを形成。
「
剣を構えたクリスは、急降下しながらリーダーカルヴに剣を突き立るそのまま勢いを殺さず、リーダーカルヴと魔法陣ごと地面に突き刺した。
「我が敵に裁きを、我が友らに祝福を!」
瞬間、地面に突き刺さった剣を中心に光のドームが広がっていく。
カルヴは吹き飛ばし、バッカスやストロパリカ、少年たちには柔らかな光となり包み込む。
「すげぇな。傷だけでなく疲労を癒す光か。
ついでに、うっすらと魔力の膜も付いてくる。この膜は結構丈夫だな。素人の剣くらいなら地肌で受け止められそうだ」
攻防一体の秘奥義だ。
魔術と彩技を組み合わせた、クリスの切り札の一つ。一般的には
光のドームが展開している時、それに触れたカルヴたちを吹き飛ばしている。
ならば、剣を突き立てられ、それを至近距離から受けたリーダーカルヴがどうなっているかといえば……。
突き刺さっていた刃は消滅し、完全に息絶え、横たわっている。
「ふう」
クリスが一息つくと、彼女の纏っていた三天装は、光の粒子となって消えていく。
吹き飛ばされたカルヴたちは立ち上がるもの、リーダーが倒れたことで、なんらかの命令機能が止まったのだろう。
それにより大量の仲間の死を実感し始めたようだ。クリスが放った膨大な魔力もあって、完全に戦意を喪失したらしい。
一匹、また一匹と怯えたようにこの場を去り始めた。
完全に脅威がなくなったと判断したバッカスは魔噛を腕輪に収納をしてから、クリスに訊ねる。
「大技を使ったのは残党を追い返す為か」
「ああ。悪くなかっただろう?」
「そうだな。でも、こんなハデな技を使う必要があったのか?」
「まぁなんだ……そんな気分だった」
「そんな気分だったなら仕方ないな」
ストロパリカに追い回されていたことにストレスを感じていたので、鬱憤を晴らしたいが為に大技を使ったのは、クリスの心の中にだけで留めておきたい事実である。
バッカスにはバレているような気がしないでもないが。
「さて、回収できるだけ回収しますかね」
光のドームは敵であれ味方であれ、すでに息を引き取っているものには効果がない。転がっているカルヴの死体は、吹き飛ぶことなくそのままである。
「クリスさんって、ここまでスゴかったのね……」
「まだまだだ。男にうつつを抜かし、鍛錬をサボっていたからな。取り戻している最中だよ」
「そ、そうなの……」
ふざけて抱きついて良い相手ではなかったのでは――という顔をするストロパリカを見、クリスは仕事モードを解除して、小さく笑う。
「だからといって、付き合い方を急に変えられても困るわよ。私は私なんだから」
「あー……それもそうね。
ごめんなさい。なんだか、気安く触れちゃうのまずい相手かもなんて考えちゃって」
「貴族として振る舞っている時はそうだけどね。
何でも屋やってる時は、何でも屋でしかないもの」
ストロパリカに追いかけれて悲鳴をあげてはいたものの、別にストロパリカのことを嫌いというわけではないのだ。
大技を見せただけで離れられてしまうのなんて、寂しいではないか。
「そういえばボクちゃんたちはどうしたのかしら?」
「確かに。大騒ぎして駆け寄ってきそうな子たちだったと思うけど」
二人が周囲を見回すと、少年たちはバッカスに指導されながら、ガルヴの解体をしている。
クリスのことは気になりはするものの、解体の仕方やコツなどを習える良い機会だと考え、バッカスの教えをどん欲に吸収しようとしているようだ。
「あらあら。はしゃぎたいけど、それはそれとして大事なお勉強が出来る機会を逃したくないって感じね」
「ちょっと刺激的なお仕事になっちゃったみたいだけど、良い経験にはなったんじゃないかしら?」
「そうね。あの子たちの泥肉拾いを依頼されなくて本当に良かったわ」
いつものように、ただ
バッカスやクリスが居合わせた。それが自分たちの命を繋いだことを、そのうちで良いので気づいて欲しいところである。
それはそれとして――
「ねぇ、バッカス!」
「ん? どうしたクリス? お前も解体手伝うか?」
「もちろん手伝うけど、それはそれとして……なんだけど」
「なんだよ?」
訝しげにこちらを見てくるバッカスに、クリスは少しだけもじもじしながら、恥ずかしそうに告げる。
「大技使ったから、お腹が減ったわ」
「大技使わずともいつもハラペコだろお前は」
バッサリと切り捨てるように反撃された。
だが、バッカスは仕方なさそうに嘆息したあと、周囲を見回す。
「まぁ食材には困らなそうだしな。すぐそこに川もあるし……そこでメシにでもすっか」
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