たまにはちょっと、そんな気分 5
「
バッカスは自分に襲いかかってくる三匹に対し、一呼吸のうちに三度の居合いを繰り出して、その首を斬り落とす。
剣を納めたところへ飛びかかってくる新手に対しては、魔力を込めた回し蹴りをカウンター気味にぶちあてて、ほかのカルヴの方へと蹴り飛ばした。
吹き飛んできたカルヴに巻き込まれ、もつれて固まる数匹へ、バッカスは即座に右手を掲げて魔力帯を展開。祈りと術式を組み込んでいく。
「
掲げられた手から、呪文通りの白色の熱衝撃波が放たれて、絡まり合うカルヴたちに突き刺さり、爆発した。
「魔術や
ぼやきながらも、数の暴力が相手なので仕方がないと自分に言い聞かせ、バッカスは次の獲物へと視線を向けた。
「それにしても、いまの爆発でもビビらず向かってくる、か。
やっぱこれ……ただの集団狩猟や集団反撃じゃねーな」
最近の魔獣は異常行動が多すぎる。
そんな愚痴を胸中でこぼしながら、バッカスは近づくカルヴを斬り伏せ、時は魔術でしとめていくのだった。
クリスは自分に飛びかかってくる二匹を見据え、剣に白の魔力を乗せながら踏み込んでく。
「
そして剣を一閃。
そのあとを追いかけるように、白い魔力に彩られた無数の斬撃が繰り出されていく。
ゾンビにはイマイチだったが、魔獣相手ならば十分通用する。
無数の斬撃は、二匹まとめて切り刻んだ。
クリスは倒れる二匹に目もくれず、次に飛びかかってくる二匹に向けて構える。
「
手前のカルヴに向けて剣を振り上げる。
その剣に追従するように、バラの花びらを思わせる形となった無数の白い魔力がたなびいていく。
斬撃だけでは倒すのに至らない。
だが、追従する無数の花びらひとつひとつが鋭い刃となって、カルヴから赤い花びらを散らせていく。
「
そんな美しくも危険な白い花びらを伴いながら、クリスは次のカルヴへ向かっていく。
流れるように、舞うように、踊るように。
一撃を放ち、倒したならば次の相手に向かって。
舞踏会で、パートナーを次々と変えて踊り続けるかのように。
美しくも鋭い刃の花とともに、次々襲いかかってくるカルヴの間を縫いながら、斬り伏せていく。
仲間が次々と倒れていくのに、それでもカルヴたちはクリスを取り囲む。
踊るのをやめたクリスは剣を胸元に構え――
「
剣を天へ向けて突き出す。
クリスの周囲に漂っていた無数の花びらが、一斉に解き放たれた。
花びらの刃は放射状に散らばっていき、クリスを囲んでいたカルヴたちを怯ませていく。
次の瞬間――
「
瞬く間もないような連続斬撃を繰り出し、怯み動きを止めたカルヴたちを一気に斬り伏せる。
「やれやれ。まだ襲ってくるか」
バッカスともに実力差と殺気を見せつけているのに、それでも襲ってくるカルヴたちに、クリスは小さく嘆息するのだった。
「すっげー……」
「信じられん……」
「ふわー……」
小柄なカルヴの群れを蹂躙するような、圧倒的な強さを見せるバッカスとクリスの姿に、少年たちは思わず魅入ってしまっていた。
その目は憧れと尊敬でキラキラ輝いている。
これが、安全な場所であるならば、ストロパリカも無粋なことはしたくないのだが――
「ボクちゃんたち。私の護衛……忘れてないわよね?」
バッカスとクリスのおかげで、ほとんど危険がない気がしてはいるものの、気を抜いていいわけではない場面だ。
そして、少年たちもまた、決して愚かではない。
「そ、そうだった!」
「すみません。お姉さん」
「二人があまりにもスゴくて……」
まぁ気持ちは分かる――と、ストロパリカは胸中で苦笑した。
クリスがすごいのは何となく気づいていたが、バッカスがそのクリスと肩を並べられるほどすごいのは知らなかったのだ。
自分のような
本物の戦闘技能者たちの戦闘。
その迫力、そのすさまじさに――
(やばい。これはこれですごすぎて濡れちゃう……)
少年たちにバレないように身悶えしていた。
こんなすごい人たちが、自分の胸元を見て赤くなっていたり、胸を触られて赤くなっていたりしたのかと思うと、ストロパリカの中で変なスイッチが入りそうになる。
(まぁ、さすがにここでふざけてはいられないんだけど)
ストロパリカは、バッカスたちの戦いを横目に周囲を見回す。
困ったことに、カルヴの気配は減っていない。
このまま戦い続けてキリがなかった場合、逃げる余力がなくなってしまうのはよろしくない。
(いえ、待って。減ってない? 二人があれだけ倒しているのに?)
まるで、この雑木林中のカルヴがここに集まってきているようではないか。
ストロパリカは
だが、バッカスとクリスのやりとりからして、本来は群れても十匹前後なのだろう。
群れの数として異常。その行動も異常。
生存本能とは別の何かによる行動を優先しているとしか思えない。
だとすれば――
「バッカスくん、クリスさん! 余裕があるなら教えて!
それを指示する奴がいる。
そして、その指示者が異常をきたしていたとしたらどうだろうか。
「いるにはいるが、基本的にはその場限りの現場リーダーみたいなモンだぞ!」
「特徴とかは?」
一瞬、バッカスがストロパリカを見る。
次の瞬間、どこか合点がいったような顔をしたので、こちらの考えていることが分かったのかもしれない。
その上で、バッカスは戦いながら答えてくれる。
「ない! 別にシルバーバックってワケでもないしな! その場その場で、場当たり的に相応しい奴がリーダーになるって感じだったはずだ!」
だとしたら、ストロパリカの推測はハズレか。
良い線を行っている推測だと思ったのだが。
とはいえ、少なくともバッカスとクリスもこの群れに異常を感じているのは間違いない。
ほかに何か、この異常行動の原因は――ストロパリカが考えていると、メガネの少年が突然こちらに走ってくる。
「青き大気の壁よ!」
彼は魔術で半透明の青い壁を作り出すと、次の瞬間にはそこに一匹のカルヴがぶつかった。
「ストロパリカさん、大丈夫ですか?」
「ありがとう、気づいてなかったから助かったわ」
気配察知だけは敏感にしていたはずなのに、今弾かれたカルヴからはそれを感じなかった。
「そのカルヴ。剣が刺さってるぞ?」
アーランゲ少年に吹き飛ばされたカルヴを見て、ニーオン少年が不思議そうな声を上げる。
刹那――
「
バッカスが吼えるように叫び、ストロパリカを中心に少年たちを覆うよう広範囲に魔力帯を展開した。
「天使の羽ばたきよッ、
祈りと術式が刻まれ起動した魔力は、その魔力帯の外側に向けて強風をまき散らす。
太い木々すらしならせる暴風は、倒すまでには至らないものの、多数のカルヴを吹き飛ばしていく。
「クリスッ!」
「分かってるッ!」
その隙に、クリスがアーランゲ少年の近くまで駆ける。
「ニーオン、クリスと代われッ!」
「え? おれがクリスさんとッ!?」
「出来る出来ないじゃねぇッ、出来なきゃ全員死ぬぞッ!!」
「……分かったッ!」
バッカスの言葉に、ニーオン少年は僅かな逡巡の末に、うなずく。
自分たちよりも上位の二人が慌てている。
あの剣の刺さったカルヴはそれだけヤバイ存在なのだと判断した。
「ボクちゃんたちッ! わたしの護衛はいいからッ、群れの対応を優先しなさいッ!」
その言葉で、ガリル少年もアーランゲ少年も、ニーオン少年のフォローへと向かう。
ストロパリカも、二人の様子から尋常ならざる事態だと判断したのだ。
魔獣戦の経験が少なく苦手なんて言っている場合ではないことを理解して、動き出す。
「ベッドの上のケダモノはともかく、本物のケダモノ相手にどこまで通じるか分からないけど……」
細く小さな投げナイフを無数に取り出し、ストロパリカは指の間に挟んで構える。
「クリスさん、そいつの相手……すぐ終わりそう?」
「ただの、
軽く交戦して下がってきたクリスにストロパリカが訊ねる。
するとクリスは固い声でストロパリカに答えた。
それから、ゾンビカルヴをひと睨みしたのち、バッカスに聞こえるように叫ぶ。
「バッカス! このゾンビ化したリーダー……恐らくカルヴとしての理性や本能が残っているぞ!」
「聞きたくなかったよッ、くそったれッ!!」
叫び返しながら、バッカスは手近なカルヴを両断した。
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