たまにはちょっと、そんな気分 1
「ふーん……あのおっさんも来るのか」
丁寧な蝋風がされた封筒から取り出した手紙に目を通し、バッカスは軽く肩を竦めた。
読み終わった手紙を封筒に戻し、棚にある手紙用の引き出しの一つにしまう。
この町に来る予定の騎士隊とは別口の扱いで、騎士団所属のおっさんがやってくるというのだから、胡散臭い。
「まぁ来るならちょうどいいか。クリスの件を問いつめよう」
お前のバカ息子はなんでクリスティーナを捨てたのか――こればかりは、バッカスも聞いておきたいと思っていたところである。
とはいえ、それはまだ先の話。
バッカスはリビングのイスに掛けてあったいつものジャケットを手にして羽織ると、玄関へ向かう。
「今の気分にぴったりの
今日は、ちょっぴり何でも屋家業をしたい気分なのだ。
「うーむ……」
ギルド内の壁に貼られている依頼書の数々を眺めながら、バッカスは小さくうめく。
本日の張り出し分。そのめぼしいモノはだいたい早朝組が引き受けてしまっているのだろう。
昼前になると、だいぶ依頼が減ってしまっている。
それに、エメダーマの森やモキューロの森が、一定ランク以下の出入りを禁止しているのが大きいのか、全体的に依頼の数が少ないようだ。
はやいところゾンビ騒動が終わらないと、この町を拠点にしている何でも屋の数が減りかねない。
もっとも、それを気にするのはバッカスの仕事ではないのだが。
そういう杞憂はさておいて、バッカスは改めて自分好みの仕事がないかと依頼書を眺める。
だが、こう――心トキメクような依頼がない。
もしかしたら、今日は別に何でも屋家業がやりたい日ではないのかもしれない。
つまり、今日は何もしない日で良いのではないだろうか。
ならば帰って酒を飲むか、あるいはてきとうな食堂を梯子しながら飲み食いするか――
「なぁなぁ、おっさん!」
――などと思っていると、何やら失礼な声を掛けられた。
「ん?」
バッカスが声のした方へ向けば、妙な自信に満ちた若い――いや青そうなのがいた。
元気まんまんの少年剣士だ。
ツンツン頭で、ほっぺたに小さな傷のあるその姿は、どこの少年マンガの主人公だと言いたくなる。
彼の背後には自信に満ち、斜に構えた笑顔を浮かべる、弓を背負った少年と、オドオドしたメガネの魔術士っぽい少年もいた。
恐らく三人でパーティを組んでいるのだろう。
「なんか用か、ガキども」
自分はまだ二十代だ――などと言う気はない。
バッカスもバッカスで一回りは上の人達をおっさんと呼んでいるのだ。彼らからしてみれば、自分も十分おっさんなのだろう。
「こんな時間に依頼書見てるなんて、おっさん暇なんだろ?
早朝に張り出されるような美味しい依頼や難しい依頼とかが受けられないランクのおっさんの為に、今日はおれのパーティに臨時に入れてやろうと思ったんだよ!」
にしししし――と笑う少年剣士。
その様子に気づいたギャラリーたちが何やらハラハラとこちらを見ている。
別に、バッカスとしてはこんなガキどもをとって食ったりするつもりはないのだが。
まぁともあれ、バッカスから言えることがあるとすれば――
「名前もランクも知らんガキに偉そうにされてもな」
――くらいであろうか。
その言葉に、少年剣士は「それもそうだな……!」と、力強くうなづいた。
マジでどこからその自信とやる気が溢れてきているのか知りたいところだ。あるいは、自信とやる気の蛇口が壊れてるのではないかと、思わなくはない。
一方で、自分の非を認められる姿勢は悪くないかもしれないとも思った。
「おれは、ニーオン・グリオン! こう見えて銅一級だぜ!」
「ほう」
バッカスは自信満々なニーオン少年の言葉に素直に感嘆をあげる。
階級だけなら、準一人前として扱われるランクだ。
ルナサやテテナよりも年齢が下だろう少年にしてみては、高い。
銅五級からスタートする何でも屋の階級は、銅三級までは簡単にあげられる。
何でも屋で小遣い稼ぎをしようとするなら、銅三級くらいは必要というのもあるが。
銅二級からは、半人前でも一定水準の運と実力が必要になる。
銅一級は、半人前と一人前の中間くらいの実力と、ある程度の実績も加味される。
つまり、この少年はそれなりの実績を積んでいるのだろう。
余談だが、鼠騒動時点のルナサとミーティは銅二級。
ゾンビ騒動の功績から、二人は銅一級になったと言っていた。
ギルドとしては、実力と実績を加味し銀四級まであげてもいいらしいのだが、二人が銅から銀への昇格試験を受けてくれないらしい。
同一クラス帯でのランクアップは実績のみなのだが、銅から銀へあがるようなクラスアップの場合は試験が必要になる。
ちなみにテテナは、ストレイたちに拾われたあと、昇格試験を受け銀五級になったと言っていた。
単にテテナが昇級試験を受けていなかっただけで、かつてのパーティの中で唯一、銀への昇格の打診は受けていたらしい。
ちなみにロックやストレイは金三級だ。
バッカスは、ギルドからとっとと金の昇格試験を受けろとせっつかれているが、それを無視して銀一級を満喫している。
金に上がると、指名依頼されやすくなるという問題もあるのだ。
嫌がらせとして自分を指名依頼してきそうな連中に心当たりがありすぎるので、上がりたくないという理由も何割かある。
多くの
そんな数々の余談はさておき――
「それで、ニーオン少年とやら。どうして俺をパーティに誘った?」
「なんかおっさんって胡散臭いじゃん? あと悪人っぽい顔してるし。
そのせいで勘違いとかされてランクも上がらないし、仕事も受けられなくて金に困ってるんじゃないかなって思ったんだよ! ようは善意だな! うん。善意、善意!」
「そうかー、善意かー」
言っている言葉は本心なのだろうが、どうしようもなくトゲがある。
タチが悪いのは、本人がそのトゲを自覚していないところだろうか。
マジでこの少年は今の言葉を善意100%で口にしているのだろう。
「そんなワケで、どうだおっさん? おれの善意に乗ってみないか?」
ふむ――と、バッカスは考える。
少年たちにカン付かれないように周囲を見ると、ハラハラしていたギャラリーが逆に興味に変わっているように見える。
まるでバッカスのリアクションを楽しみにしているようだ。何らかの賭けが始まっていても不思議ではない空気だ。
(くっそ、ここのスタッフや常連どもめ……俺を娯楽にしやがって……! 自分のコトじゃなかったら俺だってそっちに混ざりたいってのに!)
それはそれとして、スタッフの一人が何やらハンドサインを送ってきている。
ハンドサインの意味を理解したバッカスは、どうしたものかと考えた。
「ニーオン少年とやら。ほかの二人は、俺と一緒でもいいと思ってるのか?」
「ガリル?」
「オレは別に。おっさんが足を引っ張らないならそれで」
ガリルと呼ばれた弓使いの少年はいかにも斜に構えた感じに答える。
ただバッカスを筆頭としたひねくれた大人のそれと比べると、いかにも作り物めいたい斜の構え方だ。そういうのに憧れる年頃なのが見て取れる。
数年後にその立ち回りの痛さを思い出しては身悶えすることだろう。身悶えする時には是非呼んでもらいたいところである。眺めたい。
「アーランゲ?」
「ぼくは、別にどっちでも……。というか二人が失礼な言い方してすみません……」
どうやらアーランゲ君とやらは常識枠のようだ。メガネを掛けているのは伊達ではないのだろう。
二人の言動に対して謝罪の言葉がでてくるだけで、バッカスの中ではポイントが高い。
「ま、後ろの二人も問題なさそうなら、それでいいさ。
それじゃあ、少しばかりつきあってやろうじゃないの」
わざと嫌みったらしく言ってはみたが、ニーオンは気にした様子もなくうなずいた。
「そうこないとな! あ、おっさんの名前聞いてないや!」
「バッカスだ。よろしく頼むぞ、少年たち」
こうしてバッカスは、ちょっと成績優秀そうな少年たちと一時的なパーティを組むのだった。
たまにはこういう気まぐれも悪くないだろう。
今日はちょっとそういう気分だったのだ。
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【魔剣技師の酔いどれ話】
作中で語る機会が無さそうなのでココで。
何でも屋の階級
各クラスごとに五段階
五級 → 一級 → 昇格で次階五級
クラスは以下の通り
エズノロブ
銅 初心者&駆け出し
三級くらいないと小遣い稼ぎとしても微妙
二級で半人前
一級で準一人前
レヴリス
銀 一人前、銀二級以上は実力者
バッカスは銀一級(実力、実績はもっと上)
ドルゴ
金 ベテランや実力者たちが多くいる階級
ストレイ、ロックはそれぞれ金三級
二級を越えると準エース格。
イェレティスム
魔鋼 何でも屋のエースたち
あまり数はいない
バッカスやクリス、メシューガは実力的にはここ
一級ともなれば、伝説の勇者や魔王に匹敵するらしい
ニンカシカル
神鋼 ランクとして存在しているだけ
かつてはこのランクの者がいたらしいが、
今はいない
ゴズ・レヴリス
神銀 ランクとして存在しているだけ
かつて神鋼一級にたどり着いた者がいた時、
慌てて作られた階級らしい
実際に使われたことはない
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