男はみんな、立派な魔剣を持っている 5


「プラスチックの採取って……プラスチック塚に触れるんですか……ッ!?」

「おう」

「だって、触ったら怒るんですよね……?」

「怒るな」

「最悪、殺されちゃいますよね?」

「殺されるな」


 テテナは叫びはしないモノの「何言ってんのコイツ!?」という表情をしている。

 その慌てっぷりに、バッカスは喉の奥でクツクツと笑った。


「当然、襲われずに採取する手段があるに決まってるだろ」

「あ」


 バッカスの言葉に正気に戻ったのか、慌ててしまったことが恥ずかしいのか、テテナの顔が軽く赤くなる。


「まぁでも万が一ってコトもあるしな。

 作業する前に、周辺に俺たち以外の採取者がいないか、ちゃんと確認するぞー」

「はい」


 そんなワケで、あちこちに乱立しているプラスチック塚に触れないように、二人は別々に周辺を見て回り――


「バ、バッカスさん……!」

「どうした?」


 せっぱ詰まったような、息を詰まらせているような、あるいは悲鳴にも聞こえるテテナの声が聞こえてきた。

 バッカスは足早にそちらへと向かう。


「あの、女の子が……倒れてるんですけど、なんか……その……」


 テテナが指で示したのは、地面に横たわる――まだ少女とも呼べそうな容姿の――見た目からして何でも屋。


 全身がチープな光沢に包まれカチコチに固まりながらも、恍惚とした表情で転がっている。


 彼女のとろけるように垂れた瞼の下、眼球の上をアリが歩いている。

 半開きの口の中から、枯れ葉が顔を出している。

 だが、どちらにもいっさいの反応はなく、ただただ固まっている姿から、彼女の状況は容易に想像ができた。


 バッカスは内心で嫌だ嫌だとぼやきながらも、膝を付いてその死体に触れる。


「完全にプラスチック化させられているな。よっぽど怒らせるようなコトをしたのか?」

「あの、どういうコトですか?」

「そのまんまの意味だよ。

 バラクスたちが理性を失うほど怒り狂った場合――それが生き物の場合は生きたまま身体をプラスチックに変えられ、こういう死体になる」

「……!」


 テテナは口元を押さえて目を見開いた。

 思わず大きな悲鳴でも上げそうになったのだろう。


「麻痺毒を受けて生きたまま内側を食い尽くされるのとどっちがマシなのかは分からねぇけどな」


 軽く嘆息し、バッカスは立ち上がる。


「さっき言ってた分泌液――口からも出せるって説明しただろ?

 怒り狂ったバラクスは、その強靱な顎で噛みつきながら、体内へと分泌液を流し込む。

 分泌液自体が魔力を含む特殊な液体なせいもあって、空気に触れずに体内に入ったものは、筋肉や神経、細胞などにじわりじわりと染み込み、染み込んだ場所と一緒にゆっくりと固まっていくのさ」

「あの、じゃあ……この顔は……」


 どこか幻娼を思わせるような、恍惚とした表情。

 見ているだけで妙な気分になってくるような、そのいやらしい表情にも理由はある。


「生き物が限界を超えた恐怖を感じた時、苦痛を和らげる為に本能が苦痛や恐怖を別の感覚へ変化させてしまうコトがある。

 噛みつかれる度に、身体が固まり別のモノへと変化していく感覚ってのは、想像するだけでも怖いだろ?」


 コクコクとうなずくテテナ。


「限界を超えた恐怖を感じたから、本能がそれを別の感覚へと変換した結果の、ある意味で断末魔の顔かもな」


 それを見てから、バッカスは続けた。


「もう一つは、分泌液そのものにそういう作用がある。

 固まる時に成分が揮発するのか、プラスチックそのものには含まれてないようなんだけどな」

「そういう作用……?」

「媚薬だよ媚薬」

「……!」


 首を傾げるテテナに、バッカスは答える。

 すると、彼女の表情は爆発するように真っ赤になった。


「だから、プラスチック塚作ってる最中のバラクスに近づくなよ。

 揮発し宙に舞ってるその作用で発情し、理性が蒸発しちまったら、確実に死ぬぞ」


 コクコクコクコク――と高速で何度もうなずくテテナ。


 バラクスたちからしてみれば、プラスチック塚の建設中に近づいてくる敵への防御なのかもしれない。

 同時に、その防御の影響で、建設中の家の前で急に盛りだして身を投げ出す敵の姿は、ただの大きな餌に見えるのだろう。


 あるいは、大きな生き物を発情させ理性を壊し、その場に釘付けにすることこそが、その成分の由来の可能性もある。

 マイホーム完成直後の空腹を満たしたい時、目の前に獲物が転がっていてくれるのはありがたいのだから。


「あの、この人は……」

「コイツは建設中に近づいたワケじゃない。その場合、プラスチック化しても中身が空になってるハズなんだが……コイツには中身がある。

 プラスチック塚に手を出して、激怒したバラクスにやられちまった場合じゃないと、こういう死に方はしない」


 チープな彫像のようになってしまっている女何でも屋。

 その顔や体についている虫や枯れ葉、泥などを軽く払ってやってからバッカスは腕輪に収納した。


「まぁ表情はともかく、食い散らかされて身元不明な死体よりもマシかもしれないけどな」

「そう……ですね……」


 友人たちのことを思い出しているのか、テテナは表情を暗くする。

 バッカスは敢えてそれに気づかない振りをして、少し明るめの声を出す。


「さて、出鼻をくじかれたが、改めて採取するぞ。

 周囲には、死体以外に人の気配はあったか?」

「ありませんでした」

「よろしい」


 うなずき、バッカスは周囲を見回すと適当なプラスチック塚に目を付ける。


「あれでいいか」


 そして、導火線のついた小さな玉を取り出した。


「なんですか、それ?」

「俺特製の煙玉」


 バッカスは導火線に火をつけると、狙いを付けたプラスチック塚の方へと投げる。


 バラクスたちはプラスチック塚に触れる生き物には敏感だ。

 だが、葉や枝、風に巻き上げられた石だってぶつかることがある為、すぐに激怒するワケではない。


 プラスチック塚にぶつかった煙玉を生き物ではないと判断したのか、何匹が顔を出しつつも、すぐに塚の中へと戻っていく。


 やがてもくもくとすごい量の煙が、プラスチック塚の中へと進入しはじめた。


 そこへ、ダメ押しとばかりにバッカスが手を掲げて呪文を口にする。


「光通さぬ悪夢よ、道阻む壁に至れ」


 黒い霧のようなモノがプラスチック塚を包み込む。

 中にいるモノの五感を狂わせる霧だ。


 煙でパニックをおこし、右往左往するも魔術によって方向感覚が狂っている状態ではプラスチック塚からは脱出できない。


 ふつうの人間ならば噎せるだけで済むような煙でも、バラクスのような小さな虫からすれば、あっという間に呼吸を遮る凶器となる。

 ましてやプラスチック塚という閉鎖空間の中にいるのだから、逃げるのも難しい。


 なんとか脱出できた個体がいたとしても、バッカスやテテナを敵と認識することはないだろう。


 煙と魔術の両方が収まる。


 透明なプラスチック塚の中では、大量のバラクスがひっくり返っていた。


「とまぁこんな感じだ」

「このやり方の場合、私のお手伝いっていります?」

「特にいらなかったな」


 そうして、バッカスは静かになったプラスチック塚へと近づき、穴の一つに指を差し込み――動きを止めた。


「どうしました?」

「普段なら風の魔術で中を掃除するんだが……」

「しないんですか?」

「最悪で最低の発想がまた浮かんでしまった」

「やっぱり依頼人が喜ばれるんですね」

「……ああ」


 固まる前の分泌液の持つ媚薬成分だけ抽出できると、一儲けできそうではある。


 ストロパリカの求める魔剣。

 人体に悪影響無いの岩樹の樹液。

 バラクスの持つ媚毒。


 ……これらを組み合わせて考えるなという方が無理あるだろう。


「俺の仕事じゃねぇ気がしてきた……」

「引き受けちゃったなら、仕方ないんじゃないですかね?」

「……うーむ……」


 テテナの言葉も正論といえば正論なのだが――


「気にしたら負けってコトにするか」


 ストロパリカの依頼に対する合い言葉になっているようなことを口にしながら、バッカスは嘆息した。

 中にバラクスの死骸が残ったままのプラスチック塚を腕輪に収納すると、バッカスは周囲を見回す。


「もういくつか欲しいから、周辺の警戒を手伝って貰えるか?」

「もちろんです!」


 そうしてバッカスは、死骸入りプラスチック塚を十個ほど手に入いれるのだった。




 馬車へと戻ってくると、ユウが巨大陸走鳥ギビ・モエーアに餌をあげている。


「おかえり、バッカスさん。テテナちゃん」


 見た目完璧な美少女である成人男性ユウは、どこか疲れた顔だ。


「採取をテテナに任せて別行動してたらしいが、何をしてたんだ?」

「泥肉探し」


 そりゃあ新人のテテナと一緒にやるのはシンドい仕事だな――と、内心で納得しつつバッカスは訊ねる。


「見つからなかったのか」

「うん。かわいい女の子らしいんだけどね。心当たりとかない?」


 ユウの言葉に、バッカスとテテナは顔を見合わせた。


「プラスチック化してた女なら回収したぞ」

「見せてもらってもいい?」


 バッカスがうなずき、ユウに見せると彼は軽く祈る仕草を見せる。


「この人だ。悪いんだけど、町まで収納しておいて貰っていいかな?」


 別にそのくらいは構わないのでバッカスはうなずく。


「それにしても良い顔しているよね。口も良い具合の開き方で、中に突っ込んでみたく……」

「テテナがいるんだぞ。それ以上の話を口にするなら、ブーディの代理として、お前を女に変えるからな?」

「バッカスって変なところ潔癖だよね? もしかして童貞?」

「どどどどど童貞ちゃうわッ!」

「何その動揺っぷり」

「冗談はさておいて、俺は単に場と状況をわきまえる男ってだけだ。

 酒場で酒呑みながら男同士でってならともかく、新人の若いガキ――それも女の前ではしたくねぇってだけだよ」

「本当に冗談だったのかなぁ?」

「好きに判断してくれていいぞ。ただ変な噂が流れだした場合、ストレイの義手に変なモノが仕込まれるから覚悟しておけ」

「それはそれで楽しそうだから、やってみていい?」

「む、その反応は想定外だな……やるか」


 まぁそうなったらそうなったで、指先から何か白い液体が漏れ出す義手にしてしまうのもやぶさかではないのだが。

 樹液に聖水を混ぜ込み、アンデッドに効果のある謎の液体をねっとり放水する義手――それはそれで面白そうではある。


「あの、ストレイさんが困るようなコトはやめた方がいいんじゃ……」

「もちろん、ボクもバッカスさんも冗談だよ。ね?」

「え? 冗談だったのか?」

『……バッカスさん……』


 なぜ二人とも生温かい眼差しを向けてくるのか。


「しかし、好事家に売れそうなプラスチック化女子だねぇ……」

「売れるんですか……?」


 しみじみと呟くユウに、テテナは恐る恐る訊ねる。

 それをユウは肯定した。


「こういう表情をしている美しい女性。しかもプラスチック化のせいで見た目が劣化しない。ゲスな大人は欲しがるよ。

 もちろん、そんな辱めるようなマネ、ボクはさせる気はないけどね」

「わざわざ見目麗しい奴を誘拐して、バラクスの巣へとあてがう奴もいるって話だからなぁ……怖いよなー」


 バッカスが補足すると、テテナが青ざめる。

 田舎から出てきたせいもあるのだろうが、まだまだ純粋なのだろう。


「ま、何でも屋はあまり狙われねぇよ。返り討ちにあうリスクがデカいしな。気をつけるに越したコトはねぇが、気をつけすぎても疲れちまうからほどほどにな」

「ブーディなんかの同業女性から、話を聞いておくといいよ。

 何でも屋の仕事だけでなく、日常の過ごし方とかもね」


 そう言いながら、ユウはバッカスに視線で片づけて良いと告げる。それを受けてバッカスが腕輪にプラスチック化した女性を収納した。


 それを確認してから、ユウはバッカスの乗ってきた馬車へと乗り込む。


「バッカス、帰り道の御者よろしく」

「お前ら、ここまでどうやって来たんだ?」

「歩いて。泊まりがけの予定だったけど、この馬車なら今からでも夜には町に着くよね?」


 やれやれとぼやきながら、バッカスは御者席へと座る。


「テテナも乗れよ。一人だけ歩いて帰らせるようなコトはしねぇからよ」

「えっと、はい。お邪魔します」


 テテナが乗るのを確認してから、バッカスは巨大陸走鳥ギビ・モエーアを歩かせる。


「二人分の馬車の利用料、当然出すよな、ユウ?」

「もちろん」

「ならばヨシ」


 そうして、三人を乗せた馬車は、ケミノーサの町へと向けて走り出したのだった。


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