男はみんな、立派な魔剣を持っている 4(Ver.Ka)


 本日2話目

 こちらも前話同様に、一部表現を投稿サイトにあわせて変更してあります


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「採取するときは一声掛けてくれ。

 せっかく入ってきたんだ。樹液以外にも欲しいモンもあるだろ」

「はい! あ、でも樹液も欲しいです」

「そりゃあそうだろ。依頼なんだからな。樹液が欲しいときも言えよー」


 風が吹いてもほとんど動かない、硬質的な、あるいはガッシリした形の植物っぽいモノの溢れる中を、バッカスとテテナは歩いていく。


 そして、岩樹が特に多いあたりで、テテナはバッカスに声を掛けた。


「樹液、採っていいですか?」

「おう」


 テテナは周囲を見回し、採取のしやすそうな岩樹を探す。


「あれとかよさそうですね」

「だな。あの短い枝あたり、採取に向いてそうだ」

「はい」


 動き出すテテナの横に立ち、バッカスは周囲を警戒する。

 とりあえず、手近なところに脅威はなさそうだ。


 その太い岩樹は、テテナの頭より少し低い位置から、やや下向きに伸びた太めで先端が丸まった短い枝がある。

 

「あ、枝の先端で樹液が固まってすね。以前に誰かが採取してたのかもしれません」

「分かってると思うが、うまく剥がせるならその樹液を剥がすといいぞ」

「はい。岩樹の樹皮すっごい硬いですもんね」


 そうして、テテナがその短い枝の先端を指先でカリカリとひっかきだした。

 固まった樹液そのものはあまり硬くはない。

 爪を引っかければ剥がせる程度のものだ。


「…………」


 正面から枝を見ている時は気にならなかったが、テテナが採取する様子を確認するために横に回ったのは良くなかったかもしれない。


(ストロパリカの依頼を受けてからこっち、妙に変な意識をしちまうな)


 バッカスが自分の気を紛らわすように頭を掻いていると、テテナはうまく固まった樹液を剥がせたようだ。


「わ、わ、わッ! 容器準備する前に……!」


 次の瞬間、短い枝の先端から樹液が勢いよく噴出する。


「あー……少し顔にかかった……。

 べたべたどろどろで、乾くと取りづらいのにー……」


 ぶつぶつと言いながらも、顔を拭くよりも採取を優先したのは、固まった樹液を剥がした部分が乾いて再び閉じる前に、流れ出る樹液をとりたいからだろう。


 まぁそれはそれとして、美少女の顔に粘度の高い白い液体が付着している様子に、思うところがなワケではないが。


 よく見ると枝の形も――と考え出して、バッカスは深呼吸をする。

 どこかからストロパリカの忍び笑いが聞こえてくる気がするのは、ただの被害妄想だろう。

 バッカスはかぶりを振って色んな妄想を振り払う。


 閑話休題えろネタはさておくぞ


「…………」

「バッカスさんどうしました? なんか変な顔してますけど」

「開発中の魔導具に関する、最悪最低なアイデアを思いついて、最低最悪な気分になってる」

「えーっと、よく分かりませんけど、それならそのアイデアを盛り込まなければいいんじゃ……」

「盛り込むと依頼人が飛び回って喜びそうなんだよ……」

「あー……」


 最低の発想ではあるが、同時に依頼人であるストロパリカだけでなく、意外と男性機能に悩んでいる人にもウケそうなネタではあるのだが――


 バッカスは嘆息を一つ漏らすと、テテナに訊ねる。


「容器、余ってるか?

 思いついたアイデアを形にするのに必要なんだが、元々採取するつもりはなくて、容器持ってきてなくてな」

「大丈夫ですよー! じゃあ、バッカスさんの分も取っておきますね!」

「悪いが頼んだ」


 そうして、テテナが樹液を十分に採取し終えるまで待つ。


 テテナは採取を終えると、容器を綺麗に拭きしっかりとフタを閉め、鞄に入れた。

 最後に顔をしっかりと拭くが――


「う、落ちない……」

「ぬるま湯を含ませて拭いた方がいいぞ」


 乾いたタオルでゴシゴシやっているが樹液がなかなか落ちない為、苦戦しているようだ。

 そこで、バッカスが魔術でぬるま湯を作り出して、軽くタオルに掛けてやった。


「ありがとうございます!」


 濡れタオルで顔を拭いてようやくスッキリしたらしいテテナは、こちらを見て快活に告げる。


「お待たせしました!」

「十分か?」

「はい。外にある岩樹よりも、ここの方が樹液の勢いも量も良い感じなんですね」

「環境の差もあるのかもな。

 同じような土地でも、この場所には色んな植物が密集して生えるだけの理由があるってコトだろ」


 岩樹が植物であるかどうかは怪しいというバッカスの考えは変わらないが、少なくとも生物であることには変わりあるまい。

 ならば、環境によって樹液の量や質に差があっても不思議ではない。


「それじゃあ次は俺の目的につきあってくれ。

 簡単に人を殺せる魔蟲まちゅうがいるから、油断するなよな?」

「はい!」

「――とはいえ、別に刺激しなきゃ、襲っては来ないから気張りすぎんなよ」


 


 バッカスがテテナを連れて岩樹林を進んで行く。

 きょろきょろと周囲を見ていたテテナが、バッカスの服を摘んで引きながら、訊ねる。


「あのー……バッカスさん」

「どうした?」

「なんか透明な……ガラスっぽいけど、もうちょっと柔らかそうな、あれ……なんですか?

 小さい塔というか、大きい牙というか……なんか中で黒いのがたくさんウゾウゾしてますけど……」


 岩樹林の奥地へ進むに連れて増えてくる、その不気味な何かを指差しながら訊いてくるテテナに、バッカスは答える。


 前世でいうところの蟻塚に似たそれは透明で、ペットボトルを思わせる質感でできていた。


 バッカスはテテナが示すそれの答えを、軽い調子で答える。


「プラスチックづかと呼ばれる、とある虫たちの巣だな」

「虫?」

透硬巣脂のスシツァルパ・テバラクスセン・バラクス。この岩樹林で一番ヤバい奴の巣だ」

「それって、さっき言ってた……!?」

「おう。ヘタに刺激すると、集団で襲いかかってくる危ない連中だぞ」

「ひぃ……」


 軽く脅かすつもりだったのだが、テテナは必要以上にビビってバッカスにくっついてきた。


(……幼なじみのコトを完全に吹っ切ってはいないのか)


 恐らくは死の危険性に対して、必要以上に敏感になっているのだろう。


(それで死への嗅覚が鋭くなれば良し、そうでないなら……まぁストレイたちがケアするか……)


 バッカスは気楽な調子で結論づけると、ゆっくりとテテナを自分から引き剥がす。


「安心しろ。怒らせなきゃ温厚な連中だ」

「は、はいぃぃ……」


 震えた声でうなずくテテナ。

 その様子に苦笑しながら、透硬巣脂とうこうそうしのバラクスの巣を示した。


「プラスチック塚だなんて呼ばれちゃいるが、正式な名前は分からん。

 俺が勝手にそう呼んでただけなんだが、気がつくと定着しててな」


 実際、透硬巣脂のバラクスの塚の材質は見た目通り、プラスチックっぽいのだ。

 なので、何となくそう呼んでいたら、ケミノーサ周辺の住民がそう呼ぶようになっていた。


 噂によると、もはや一般名詞のようになってるらしくて、少しばかりやらかしてしまった気もするが、バッカスは気にしないようにしている。


「巣の名称はともかく、こいつらはアリやハチ同様に集団生活をする虫だな」


 サイズはバッカスの親指の爪と同じくらいか。

 色は黒で、見た目だけなら前世のスカラベ――フンコロガシに似ている。

 ただ、アリを思わせる強靱な顎をもっていて、これを使って自分たちの巣――プラスチック塚に穴をあけたり形を整えたりするのだ。


「口と尻から、特殊な分泌液を出す。

 そいつは、外に吐き出されるとすぐに固まって、透明な石みたいになる。その石をプラスチックと、呼ぶ」


 これもバッカスが呼んでいたら定着してしまった名称だ。

 そうは言っても、バラクスのアレとか、バラクスの分泌液が固まったヤツ――みたいな呼ばれ方しかしてなかったので、不便だったのだ。


 地球の合成樹脂プラスチックとは似て非なる別モノなのだが、質感や触り心地など諸々がそっくりなので、バッカスはそう呼んでいる。


「じゃあプラスチック塚って、その分泌液で築いたモノなんですね」

「ああ。その分泌液を固めて大きくして、中をくり貫き、生活している」

「こんな小さい虫が集まっているとはいえ、バッカスさんの身長と同じくらいの高さのプラスチック塚もありますよ」

「こいつらのすごいところはそれだな。まぁアリでも似たような塚を作るのがいるから、こいつらだけの特性ってワケじゃあない。珍しいコトは珍しいけどな」


 なお、透硬巣脂のバラクスを生理的に苦手とする人間は多い。

 プラスチック塚が透明なせいで、黒い虫の集団がウゾウゾと蠢いているのが嫌でも目に入ってしまうことに耐えられないそうである。


 バッカスは平気だが、気持ちは分からないでもない。

 こいつら、角度によっては台所の敵に見える時があるのだ。


「プラスチック塚が一つの群れ――コロニーになってるみたいでな。

 なんていうか、何をするにもコロニー単位で行動するんだ」

「それもアリやハチと同じですよね?」

「まぁ、そうだな。でも、そいつらよりももっと、一つの生き物じみた行動をするのがコイツらだ。

 一匹が激怒すると、コロニー全体のバラクスが同じような怒りを発露する」


 ごくり――と、テテナが息を呑む。


「そうなると悲惨だぞ。相手の大きさ関係なく、そのコロニーすべてのバラクスが一斉に襲いかかってくるんだ」

「うひぃぃ……」


 うっかり想像してしまったのだろう。テテナは小さく悲鳴をあげる。


「軽い麻痺毒も持っててな。そいつで噛みついて獲物の動きと感覚を鈍らせるんだ。

 理性が残る程度の怒りの場合、痛覚が麻痺した獲物の腹を食い破る。そしてバラクスの集団が体内に入り込んで内側を削っては食料として巣に運んでいく」

「あわわわわ……」


 わざとおどろおどろしい調子で言ってやれば、本気でガタガタしだす。

 ちょっと面白いと思いつつも、あまり脅しすぎるのも良くないな――と、バッカスは苦笑した。


「ちなみに怒りのトリガーは、巣に触れるコト。

 コロニーの住人以外がプラスチック塚に触れるコトを極端に嫌うんだよ」

「同じバラクスもダメなんですか?」

「ダメみたいだな。奴らにとってコロニーの関係者以外は、同族だろうと敵らしい」

「へー……」

「ただ、プラスチック塚に触れなきゃ、基本的には温厚だ。

 雑食で肉も喰うが、ふだんは自分たちと同じくらいのサイズの獲物しか襲わない。それにこの岩樹林には多少なりとも実りもあるしな。そういうのも餌にしているから、よっぽど餓えない限りは格上の相手に襲いかかったりはしないさ」


 触らなければ近くで見ても大丈夫だし、なんなら外で餌を集めているバラクスならつまみ上げても、コロニー単位での怒り爆発は発生しない。


「――とまぁ透硬巣脂のバラクスについての講義はこの辺にするか。

 そろそろ、俺の目的を果たす。採取、手伝ってくれるよな?」

「はい! バラクスに気を付けて手伝いますよ! 何を採取するんですか?」

「プラスチック」

「え?」


 事も無げに答えるバッカスに、テテナはそれこそプラスチックのように固まってしまうのだった。


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