一人前のひよっこに、乾杯 4


 本日更新2話目٩( 'ω' )و


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 バッカスとクリスがうなずくのを見てから、ルナサはゆっくりと語り始める。


「今日の授業――魔術の実践だったの。

 だけど、術式を組立ようとすると、気持ち悪くなって集中できなくて」

「典型的な新人病だな。それで、授業はどうしたんだ?」


 相づちをうつバッカスに、ルナサは返事をしつつ話を続ける。


「うん。最後まで受けた。

 途中で吐いちゃったんだけど、だけどそれでも――ちゃんと的に向かって魔術を撃って、課題達成はした」


 おお――と、バッカスとクリスは内心で拍手を送る。

 新人病を患い吐き気を伴いながらも一歩踏み出して、授業を乗り切るなんていうのはなかなか出来るものではない。


 だが手放しに褒める前に、クリスは訊ねる。


「なんでそんな無茶をしたの?」

「……魔術を使おうとした時、ストレイさんの手を切った時のコトを思い出して怖くなったのは確かだけど……でも、同じくらいあの時にストレイさんの手を切らなかったらどうなってたんだろうって、思って。

 実際、ストレイさんからは良くやったって褒めてもらったワケだし……。

 何より、あの時――自分が魔術を使うのをためらってたら……って考えた時に思ったの。

 そうしたら、現実はあたしの都合なんてお構いなしなんだよな――って、そう思って……そうしたら、気持ち悪いとか辛いとか言ってられないよな、て。

 だから、吐いてでも這ってでも、ちゃんと合格して乗り切ってやる……って、そう考えたら、的に向かって魔術を撃てた」


 ルナサの話に、バッカスとクリスは安堵しながら微笑む。

 恐らくルナサはもう大丈夫だろう。


 すでに、一人前の魔術士としての自覚と覚悟が生まれている。


「実は先生にも同じコトを訊かれて……だから同じように答えたら、微妙な顔をされました」

「あら、どうして?」

「元傭兵として、一人前にようこそ――という気持ちと、教師として生徒が無茶をするのを注意しなきゃいけないコトが、せめぎあった結果の表情らしいです」

「そりゃあ仕方ないな」

「そうね。私でも同じ顔をしそうだわ」


 バッカスとクリスは思わず苦笑する。

 それは、その教師も大変悩んだことだろう。


「でも、先生――急に魔術が使えなくなったあたしを馬鹿にしたように笑う奴らを怒鳴ったんです。普段は出さないようなすごい怖い声で。

 命の関わる戦場いくさばを知らないハンチク共が、命の関わる戦場を知り、その恐怖で足を止めた一人前を笑うなって」

「良い先生じゃない」

「……はい」


 噛みしめるように、ルナサがうなずく。

 その横を見ればミーティも、ソワソワした様子を見せている。


 だから、バッカスは訊ねた。


「ミーティも、何かあるか?」

「えっと、はい……わたしも学校の話なんですけど……」


 バッカスが水を向けると、ミーティもぽつぽつと話し出す。


「魔獣の解体の授業で、今日は吐いちゃったんです。

 今まで吐いたコトなかったし、前にも一度解体はしてたんですけど……」

「その後、授業はどうしたんだ?」

「続けました。

 ルナサじゃないですけど、やっぱり似たようなコト思ったんです。

 差し迫った状況だと、一分一秒も惜しいワケで……実際、ストレイさんの腕の切断面――それを見るのが怖いからってためらってたら、助けられなかったかもですから……。

 必要な魔導具を必要な時に作成する――言葉にすれば簡単ですけど、それが差し迫った状況の場合、体調は言い訳に出来ないな、って」

「間違っちゃいないが、マジで時間との勝負でもない限り、体調悪い時は休めよ。無理をしたってロクなコトにならんぞ」


 思わずバッカスが口を挟むと、横でクリスが苦笑する。


「実感こもってるわね」

「五日くらい徹夜して魔導具造ってたら、刻んだ術式がめっちゃ歪んでてヤバいコトになった記憶があるからな」

「時間との勝負が差し迫ってないなら寝なさいよ」

「ここ最近はしてないから大丈夫だ」


 あの時は、途中から寝てるのか起きているのか分からなかった――とバッカスはうめく。

 そんなバッカスの様子を困ったように見ているミーティに、クリスは気づき、先を促す。


「ゴメンね、ミーティちゃん。続けていいわよ」

「あ、はい」


 素直にミーティはうなずくと、ゆっくりと続きを話し出す。


「そして何とか解体を終えると、その素材で課題の魔導具を作り上げました。

 先生からは何度も体調を心配されたんですけど、やらせてください――って押し通して。

 提出した課題を見た先生は、戦士新人病を患いながらちゃんと課題をこなせるなら、職人新人病を患っても大丈夫そうだな……って、言われました」

「魔導技師の先生も新人病に理解があったのね」

「あそこの教師は、元何でも屋や傭兵、職人が多いからな」


 その後の授業も、二人は気合いで乗り切ったらしい。


 本気で体調を心配してくる教師もいれば、新人病というものを理解せずに馬鹿にしてくる教師もいたそうだが、二人は今日の授業の全てをちゃんと受け、課題も達成してきたらしい。


「ま、がんばった方じゃねぇの?」

「そうね。よくがんばったわね。新人病に罹った人みんなが出来るコトじゃないわ。私からも、ちゃんと褒めてくれた先生たちと同じ言葉を贈るわ」


 クリスは椅子から立ち上がると、二人を背後から抱きしめる。


「ありがとう、クリスさん」

「ありがとうございます」


 二人が、抱きしめられながらお礼を口にする。

 それと同時に、ポロリポロリと、二人のまなじりから雫が垂れはじめた。


「あ、れ?」

「う、う……?」


 恐らく気合いと根性と強い意志で封じ込めていた様々な感情が、食事をし、言葉にして吐き出したことで緩んだのだろう。

 そこへ、クリスに優しく抱きしめられたことで、決壊しかかっている。


「よくがんばりました。もう泣いていいわよ」


 そして、ダメ押しのようなクリスの言葉で、二人の涙腺は崩壊する。


「あああああ――……っ!!」

「うああああ――……ん!!」


 大声を上げてクリスに抱きつく二人を見ながら、バッカスは音を立てずに席を立つと、静かにテーブルの片づけを始めるのだった。




 泣きやんだ二人は、クリスと共に何でも屋ギルドへと向かっていった。

 バッカスも誘われたのだが、今日はこの後に来客の予定アポイントがあるので断ったのである。


「……一本くらい開けるか」


 客人が来る時間までまだある。

 バッカスは冷蔵庫から冷えたミルツエールと冷えたグラスを取り出した。


 黄金色の液体を、冷えたグラスに注ぎ手にとる。


「一人前のひよっこになったガキどもが、無事一人前として羽ばたけるコトを祈って……ってな」


 一人でグラスを掲げて乾杯し、それを一気に呷る。


「あー……うめぇ……」


 恍惚とした息を吐き、余韻に浸りながら二杯目を注ぐ。

 乾杯の内容関係なく、ただ飲みたかっただけのバッカスは、来客が来るまでの間に、ミルツエールの瓶を三本ほど空にするのだった。



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