一人前のひよっこに、乾杯 3
クリス、ルナサ、ミーティが薬味を乗せて楽しみ出したのを見ながら、バッカスは自分用に用意しておいたタレを掛けて食べ始める。
(お。一気に和風感出る味になったな。これは成功だ)
独特の塩気と風味が、粥の味を引き締める。
同時に、
(作り方はメモしたし、今後うちの食卓の彩りに加えられるな、このタレは)
醤油にかなり近い味の魚醤を見つけたのだが、独特の臭いがかなりキツかった。
だが、その風味を残しつつ臭みだけを可能な限り消すべく試行錯誤した結果完成したのが、このタレだ。
風味と臭みではない香りが飛ばないよう注意して火に掛けつつ、日本酒に近い酒を少しずつ加えて理想の味に整えたのである。
もちろん一発で成功したワケではない。
求める味にするまでに、決して安くない魚醤を何本も消費してしまった。
だがその甲斐あって、限りなく醤油に近く、魚の旨味をふんだんに含んだ絶品タレとなってくれた。
かなりの数の失敗をしたが、ようやく完成したこれは、今回のお粥に軽く垂らすだけで、最高の味に仕上げてくれる。
「バッカス、それはなに?」
そんなタレをこっそり楽しんでいたのだが、目敏いクリスに見つかってしまった。
「手製のタレだよ。味が濃く、独特の味と香りがするから好みが分かれる」
「試したいわ」
「……わかったよ」
観念したように、バッカスはクリスへと小瓶を差し出す。
「まずは一、二滴にだけ垂らして、混ぜずに食べて味を試せ。
原価がクッソ高いから口に合わないのに、量を使われても勿体な……って、おういッ!」
数滴掛けて食べるなり、小瓶から一気に振りかけるクリスに、バッカスは思わず声を上げる。
「美味しかったから、適量かけただけよ?」
「そうかよ……」
気に入ってくれたのなら、まぁいいか……と思いつつ、ルナサとミーティを見遣る。
二人も興味をもってこちらを見ていた。
クリスは二人にも渡そうとするが、バッカスはそれを制す。
「今日はやめとけ二人とも。このタレに含まれる僅かな生臭さは、今の二人にとっては劇物になりかねないからな」
不満そうだが、ここで吐かれても困るのだ。
「私は気にならないけど、生臭さあるの?」
「元々結構な臭みがある調味料を使ってるからな。その臭みを可能な限り消してあるが、まだ僅かに残ってはいるんだ。
普段は気にならなくても、今の二人はそれだけでキツい可能性がある」
「そういうコトなら二人はやめといた方がいいわね。別にいじわるしてるワケじゃないのよ? わりと真面目な話なの」
バッカスとクリスが、大真面目にそう言うのだから、素直に従った方が良いのだろう。
ルナサとミーティは少しばかり未練がましさを残しつつ、うなずいた。
「仕方ねぇなぁ」
――とはいえ、そんな二人を見ていると申し訳なさも感じるので、バッカスはぼやきながら席を立つ。
「そっちのタレは無理だが、ちょいと別のモンを持ってくる」
「私にもお願いできる?」
「クリス……お前、日に日に図々しさが増してないか? それに、そんなに喰って平気なのか?」
「むしろ最近、家で食べるご飯がまったく足りないのよ」
「鍛錬再開したんだろ? それを含めて料理長と相談したらどうだ?」
「そうしてみるわ」
恐らく料理長のクリスに対する認識が、弱った姿で領主邸にやってきた療養中の令嬢のままなのだろう。
それだと、元騎士であり、騎士としてのカンを取り戻しつつ現役の何でも屋として働き出した彼女の胃袋には、少々モノ足りないのは確実だ。
そんなやりとりをしてから、バッカスが持ってきたのは――
「ダエルブ?」
「ああ。油で揚げて作った揚げダエルブだ」
「どうやって楽しめばいいの?」
「好きに楽しめばいいんだが……オススメは辛子薬菜とお粥を乗せて一緒に食べる奴だな」
「わかったわ!」
目を輝かせながら実践し始めるクリスを横目に、バッカスはルナサとミーティへと視線を向けた。
「二人はまず、揚げダエルブを胃が受け付けてくれるか確かめてからだな。小さくちぎって食べてみろ。
いけそうなら好きに楽しめ。無理そうなら言ってくれ。ここに腹ぺこ騎士様がいるからな」
「はい」
「うん」
素直にうなずき、二人は言われた通り小さくちぎって一口食べた。
それをゆっくりと咀嚼して、飲み込む。
「大丈夫そう、かも」
「大丈夫そうです」
「うし。なら好きに食べるといい。無理はすんなよ」
「はーい」
「わかってるわ」
言いながら、二人もクリスのマネをして、お粥と辛子薬菜を揚げダエルブに乗せて頬張っている。
その様子から十分に楽しんで貰えているようで、バッカスは小さく安堵した。
そして、そんな年下二人の様子を、ちょっと羨ましそうに見ている騎士が一人。
「お前はもう喰っただろ」
「ええ。この揚げダエルブ――辛子薬菜もいいけど、このタレと組み合わせたお粥と合わせても最高だったわ」
「そりゃ何より」
「……でも足りないの」
「欠食児童でももうちょい遠慮するぞ」
そう言いながら、バッカスは自分の揚げダエルブを半分に割って、クリスに差し出した。
「いいの?」
「ランチは別に食ってたからな。俺にとっちゃおやつ代わりだ。食いっぱぐれても問題ねぇんだよ」
「ありがとう!」
そうして食べ始めるクリスを見ながら、バッカスは僅かに目を細める。
元々女性にしてはかなり食べる方だとは思っていたが、どうにも今日の様子は異常に感じる。
どれだけ自由奔放に振る舞っても、根幹は貴族教育を受けた淑女だ。
一線に対するブレーキはしっかりと備わっている。
だが、今日の様子を見るとそのブレーキが効いていないように思えた。
(何らかの衝動に対する代替行為のようにも見えるが……)
クリスの抱えているトラウマは恐らく完全には解消されていない。
そこから生じる何らかの衝動を発散できず、食欲に転化している可能性があるが、確証はない。
(ある意味で呪いだよな……ったく。
あっちもこっちも面倒そうなコトばっかり起きてやがる)
とはいえ、今のクリスの様子を見る限り食欲以外は問題なさそうだ。
(本格的にドルトンドのおっさんに探り入れるかね。まぁ親同士ですでにやり合ってるコトだとは思うが)
なんであれ、今日はルナサとミーティの二人だ。
まぁその二人も、食事をしている様子を見る限り、ある程度は復調しているようにも思えるが――
「ま、三人とも美味そうに喰ってくれて何よりだわな」
ゆっくりと食べ進める学生二人と、優雅に上品にハイペースで食べ進める元騎士様を見ながら、バッカスは誰にも聞こえない声でそう呟いた。
そうして――バッカスが三人に対して気を使うような、遅い時間の昼食会は無事に終了した。
「うん。ルナサちゃんもミーティちゃんも顔色良くなったわね」
「あとは、ギルドに顔を出した後、ゆっくり寝るだけだな」
それで完全に回復することはないだろう。
だが、今日に比べたらだいぶマシになるはずだ。
「ギルドに行く前に私やバッカスに話したいコトがあったらしていいわよ。変な話でも、グチでも、コイバナでもね?」
「そうだな。雑談レベルでも吐き出したいネタがあったら吐いておけ。変に抱え込んで新人病が長引くよりかはマシだ」
精神的に落ち込んだ状態だと、些細なことでも重石となって心を苛むことがある。
食事をして、多少気持ちが前向きになったタイミングで、そういうものを吐き出しておくのは悪いことではない。
「えっと、その……じゃあ、あたしから、いい?」
おずおずと、ルナサが手を挙げる。
それに、バッカスとクリスはうなずくのだった。
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今日は準備が出来次第もう1話いきます٩( 'ω' )و
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