腹が満ちれば、思いも変わる 6


「お、お邪魔しまーす」


 ミーティは恐る恐るといった様子で中へと入ってくる。


「真っ暗?」

「今付けるよ」


 思わず――と言った様子のミーティに、バッカスはそう返して、工房の壁にある魔宝石に魔力を流し、魔導具を起動させて天井の明かりを付けた。


 すると――


「ふわぁ……」


 ミーティは工房を見渡しながら、感極まったように声をあげる。


「すごい……魔剣や魔導具がこんなに……ッ!」

「一応、本業は技師のつもりだからな」


 知り合いからは、どうにも剣や魔術で戦う仕事ばかりが斡旋されてくる気がするが、そこは敢えて気にしないでおく。


「それで、お礼ってのはどういう意味だ?」

「あ、はい! 先日、餓鬼喰い鼠パンディック・タロに食べられそうになってたのを助けて貰いましたからッ!」

「ああ。あの時の子か」

「改めて、助けて頂きありがとうございましたッ!」


 快活な調子で、ミーティは頭を下げる。

 バッカスはそれに小さく手を挙げて、応えた。


「気にするな。仕事だっただけだよ」

「それでも、五彩輪ごさいりんに還らず、ここにいられるのはバッカスさんのおかげですからッ!」

「そうかい? どういたしまして、だ」


 こうやって面を向かって、皮肉や嫌みのない真っ直ぐなお礼を言われる

のはいつ以来だろうか――と、考えバッカスは少し寂しくなる。

 己の友好関係や、指名依頼をしてくる面々を思い返し、素直にお礼を口にできない連中を妄想の中でブン殴ってぶっ飛ばし溜飲を下げると、顔を上げた。


「わざわざ礼を言いにくるなんて、出来たお子様だな。そのままひねくれずに育って欲しいところだ」

「あはははは。こちらこそわざわざお時間とらせちゃってすみません。

 えっと、病気の方がいるなら、お薬とか買いに行くところだったんですよね?」

「ん? まぁそんなところなんだが……」


 ――と、そこでふと、脳裏に過ぎるものがあって、バッカスはミーティに訊ねる。


「ところで、お前さん――ミーティだったか。

 ちょいと手が空いてたりしないか? 少しばかりお使いを頼みたいんだけどよ」

「場所と内容にもよりますけど……」

「お? 二つ返事しないで詳細を伺おうとする感じ、好感度高いぞ~」

「本当ですかッ?」


 実際、ギルドを通さない直接依頼は、迂闊に引き受けてしまうと大変な目にあってしまうことが多いのだ。例え恩人相手でも油断はしない精神というのは大変すばらしい。


 ミーティが誘拐された際に、即座に何でも屋ショルディナーズギルドに駆け込んだ彼女の友人といい、この町には将来有望な人物が多いのかもしれない。


「ちなみに、行き先は貴族街。ちょいと手紙を届けて欲しい」

「貴族街……ですか」


 彼女が難しい顔をして、どこか躊躇っているという理由はバッカスにも分かるので、無理強いするつもりはない。

 そもそもからして、貴族という輩は、平民たちからのイメージが余りよろしくないのだ。

 もちろん、貴族には貴族の事情などもあるだろうが、ハナっから平民を見下している奴らも多い。


 バッカスやミーティといった平民は、貴族街を歩くだけで心無い言葉を浴びせてくる貴族もいることだろう。

 とはいえ、そこで目障りだから程度の理由なき理由で、不必要に平民を殺すようなバカ貴族はこの街にはいないと、バッカスは思っている。

 そういう意味での危険性はあまり高くはない。その為、ミーティであっても問題なく仕事は完遂できるだろうと踏んでいた。


 やや思案していたミーティは、小さくうなずく。


「わかりました。引き受けますよ」

「悪いな。助かる」

「そのかわり……ですけど」

「ああ」


 しっかりと報酬の交渉をしようとするところも好感度が高い――と、内心で思いながら、バッカスは先を促す。


「時々、工房に遊びに来てもいいですか?」


 キラキラとした瞳で彼女は告げる。


「わたし、魔導技師を目指してて……」


 ミーティが全てを言い終えるよりも先に、バッカスは被せるようにのんびりと言う。


「弟子を取る気はないぞ~」


 その反応にやや目を伏せるミーティだったが、続くバッカスの言葉で再び表情が華やいだ。


「ま、仕事の邪魔をしないってんなら、遊びに来るくらい時々は構わないけどな」

「ありがとうございますッ!」


 満面の笑みを浮かべるミーティに、バッカスも皮肉っぽく見える笑みを返して工房の奥へと歩いていく。


「ちょいと手紙を用意するから、待っててくれ。

 見学しててもいいが、不用意に触んなよ。失敗作とかも混ざってっから」

「はいッ!」


 ミーティが好奇心と喜びに満ちた顔でうなずく。それを見たバッカスはやれやれと言う顔で手紙の準備を始めた。


 用意する手紙は二つ。

 片方は、豪華な封筒へと入れて、自家製の特殊な魔導具を用いて封蝋をする。

 もう片方は簡素な封筒に入れ、こちらは簡易的な封ですませた。


「ミーティ」

「あ、はい!」


 とてとてと駆け寄ってくるミーティに、バッカスは二つの手紙を渡した。


「これが渡して欲しい手紙だ。ちなみに行き先は領主の館な。場所は大丈夫か?」

「そりゃあ場所は分かりますけど……」


 顔をひきつらせながらも分かると返事するミーティに、よしよしとうなずきながら、バッカスは続けた。


「こっちの簡素な奴は門番確認用。こっちの封蝋付きのは領主宛だ。

 門番に両方渡した上で、詳細は簡素な封筒の方に書いてあると伝言してくれ」

「えっと、わたしが行って相手にしてもらえますか……?」

「大丈夫だと思うが、どうしてもぐだぐだ言われるようなら、『飲兵衛魔剣技師の使い』だって言えば、どうにかなると思うぞ」

「飲兵衛魔剣技師の使い……」


 まるで大事な大事な合い言葉を記憶するように、ミーティはその言葉を数度繰り返す。


「問題ないようなら、頼んでもいいか?

 俺が行ってもいいんだが、病人ほったらかしておくのもアレだしな」

「あ」


 行くと言っても当初の予定はギルドだったのだが、敢えてそれは口にしない。

 家から出ずともメッセンジャーが用意できるのであれば、それに越したことはないのだから。


「わかりましたッ! 確かに病人がいるなら、一人だけにしておくのも大変ですものね。この依頼、お引き受けますッ!」

「おう。頼んだ。そういや、何でも屋ショルディナーの登録は?」

「してます。お小遣い稼ぎ目的ですけど」

「なら何でも屋ショルディナーズギルドには、直接依頼ライブクエストって形で報告しとくから」

「ありがとうございますっ!」


 何でも屋ショルディナーはランク制度を採用しており、依頼達成を積み重ねて、ランクを上げていくと、より高い難易度の依頼を引き受けることができるようになる。

 その為、多くの何でも屋ショルディナーは、小さな依頼の達成実績を積み重ねて、ランクを上げていく。


 だが直接依頼は、依頼を見事に達成しても、依頼人がギルドにその報告をしなかった場合は、何でも屋側は実績にはならない。

 しかし、事後報告の形で依頼人と何でも屋双方がギルドに報告すれば、実績になるのだ。


 なので、バッカスはそれを約束する。


 ミーティのように、小遣い稼ぎ程度のことが目当てで登録している人たちも少なからずいるが、そういう人たちであっても駆け出しランクよりも、少し上のランクを目指すものなのだ。


 まぁ単純に、完全駆け出しランクである銅五級くらいが引き受けられる依頼だと、子供の小遣い稼ぎとしても微妙なのが多いから――なのだが。


 小遣い稼ぎにしても銅三級くらいにはなっておきたい。

 ちなみに、銅一級で準一人前扱いされるようになり、本格的な一人前扱いはその次の銀五級からとなっている。


「一応、達成したらうちに顔を出してくれ。たぶん、二階の居住区にいるから」

「はいッ! それじゃあ行ってきます」

「頼んだ」


 そうして元気よく出発するミーティを見送ったバッカスは、工房にカギをかけて、再び二階へと戻っていくのだった。


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 夜にもう1話アップ予定です٩( 'ω' )و

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