第25話 第三章 交わす刃と言葉①
――時は進み、大会当日。
一週間前と違って、冬がより本領を発揮している。
今年は、豪雪地帯だと勘違いしそうになるほど、シンシンと粉雪が降り積もる。
決戦の舞台つがい街は、純白の白いドレスを身に纏っている建物が並び、今にもダンスパーティーを始めそうだ。
この街は、ディメンション・スマイルの本社がある影響もあってか、多種多様の異世界産の品が店頭を彩っている。
人々は、スーパーや百貨店に並ぶ品を見て、見知らぬ世界に想いを馳せるのだ。自由に異世界へ行き来できるようになったとはいえ、異世界旅行には金と時間がかかる。何度も旅行に行ける者は限られていのだ。
この街の住民は、異世界への憧憬が強く、ハロウィンにもなれば動画サイトやテレビで見かけた異世界の格好をする者も多い。
そんな彼ら・彼女らにとって、次元決闘は見逃せないイベントだ。
――ラーラ・キューレ主催、二社交流決闘大会。
ラーラ・キューレとエンチャント・ボイスの戦い、正確に言えば謎の男リベンジマンとヒューリの戦いが決まった、と報じられたのは一週間前のこと。
新進気鋭の次元決闘者ヒューリは、つがい街の住人にとって地元のヒーローだ。そんな彼が、謎めいた次元決闘者と戦う。それは、仕事や家事、勉学をほっぽり出すには、十二分な理由であった。
人々はチケットを手に進む。目指す先は、縦・横十キロメートル、高さ百メートルの巨大闘技場ギガントコロッセウムだ。海に半島のように広がるその闘技場は、普段はコンテナ二個分ほどの大きさしかない。しかし、莫大な魔力を流し込むと膨張する素材【高吸魔樹脂・神木のアルファ】が建材として使われており、高レベルの魔法使いが百人ほどいれば、数日でこの広さの建物を展開可能だ。
ギガントコロッセウムには、つがい街の住人の他にも、国内外の次元決闘ファンが押し寄せている。会場の入口へズラリと続く長蛇の列は途切れる様子もなく、応援で駆け付けた警察官たちは、大声を張り上げ誘導していた。
※
軽やかに落ちゆく雪が、半透明のバリアに触れて静止する。
強固なるバリアの下、観客たちは入場ゲートから登場する二人の男を待ちわびていた。
ギガントコロッセウムは、真四角の闘技場とそれを囲むように配置されている五列の観客席で構成されていた。
見渡す限り人、人、人……。埋め尽くされた観客席は、一種のエネルギー体であるかのように、熱を帯びている。
――ザ、ザザ。
突如、耳障りな音が観客席に投じられ、遅れて威勢のいい女の声が響いた。
「オメエら、元気あっか?」
「ウォオオオオオオ」
観客たちの絶叫が、地を揺らす。
「しゃあ、私も元気いっぱいだぜ。なんたって今日は、ヒューリと謎の男の戦いなんだからよ」
次元決闘の名物アナウンサー赤毛のミリーは、観客席の五段目、その一角にある実況席でマイクに向かってあらん限り叫ぶ。
「オールワールドフェスティバルが不完全燃焼に終わってよ。私はがっかりしてたんだ。しかーし、今日はそんな残念を吹っ飛ばしてくれるイベントがやるってんだから、捨てたもんじゃねーぜ。
かたやオールワールドフェスティバル参加者のヒューリ。なんかトラブったとかで、大会には姿を見られなかったが、ようやっと活躍してくれるらしーぜ。やった、後でサイン貰いに行こう」
会場で笑いが起こる。
「おおーと、欲望丸出しで失礼。ちゃんと実況するから安心してくれ。そんで、気になるのがラーラ所属の決闘者、えー名前が……リベンジマン? なんのリベンジするんだろ? まあいい。面白い戦いをしてくれればオッケーだぜ。
今日は、二社が皆を楽しめるために開催したイベントだ。大いに盛り上がってくれよな。ルールはいつもとは違ってセカンドボルテージ制だ。能力の制限がかかるのは、ファーストタイムだけ。五分経過すれば、セカンドタイムに移行。そっからは本気中の本気でファイトさ。せっかちさんには嬉しいルールってわけだ。おおっと!」
実況席の壁に備え付けられたランプが、青から赤に切り替わる。ミリーはそれを確認すると、席から立ち上がりマイクを握った。
「しゃあ、準備ができたみたいだぜ。選手の入場。まずはブルーゲートから株式会社エンチャント・ボイス所属、永礼 ヒューリ選手」
真四角の闘技場の東側に、化け物の口のようにぽっかりと開いた入場口。そこに青い煙が噴射され、観客たちの注意を引く。
もうもうと漂う煙。それを切り裂くように、堂々とした歩みでヒューリが入場した。
「ヒューリだ」
「俺、あいつの同級生なんだぜ」
「ヒューリ、こっち向いて」
声援に、ヒューリは手を振って応えた。
彼はいつものブラックスーツを身に纏っている。闘技中は、丁寧にネクタイを締め、ジャケットの前を閉じるのが彼流のスタイル。
しかし、彼はジャケットを投げ捨てると、ネクタイを外し、シャツの第一ボタンを開放。続いて、腕をまくり上げていく。
「これは、俺の決意の証だ。己のスタイルをかなぐり捨ててでも、お前に勝つっていう誓い。――さあ、出てこいリベンジマン。ぶっ飛ばしてやるよ」
決して大声ではなかったが、歓声を切り裂くような鋭さがある。
鋭角な目には闘志が宿り、腰から下げた業魔からは暗黒のオーラがすでに揺らめく。
先ほどまでのバカ騒ぎが、冷水をかけられたように静まる。
「な、なあ。これって、ただの交流試合だよな」
「単なる楽しいイベント気分でやるやつじゃねえのか? なんか、気合入ってるな」
観客たちの戸惑いは、さざ波のように伝播する。そんな戸惑いは、もう一人の次元決闘者が入場することで、より加速する。
「あ、えっと、続いては、レッドゲートよりラーラ・キューレ社所属、リベンジマン選手入場だぁ」
西側の入場口から赤い煙が噴射される。噴射の音に釣られて観客たちが煙を見やるが、一向に現れる気配がない。
「お、おい」
「遅くねえか?」
――逃げたのではないか。そんな言葉が人々の表情に表れそうになった直後、煙の中に揺らめく影が現れる。影は赤い煙に同化するように動き、ゆったりと闘技場へ近づいてくる。
――ヒッ! どこかで短い悲鳴が上がった。
その姿は、あまりにもおどろおどろしい。
煤けたローブは風に揺らめき、所々破けた布の隙間から麻布のズボンが見え隠れする。そのくせ両手につけた黒手袋や手首にはめられたアンクルは、誰の目が見ても高価な物だとわかる代物。
リベンジマンは、闘技場に足を踏み入れると異様な刀を手に持ち、ヒューリに切っ先を向けた。
「ぶっ飛ばす? 気合はけっこう。お主に足りないのは強さだ。しかし、放浪永礼流、その技は我に届きうるものだ。全てをかなぐり捨てよ。さすれば、我に届きうるやもしれぬ」
「御託はいらねーぜ。おい、実況のねーちゃん。とっとと始めろ」
「はう! ヒューリ様に初めて話しかけられたぜ。この感動を語りたいところだが、そんなのは誰も求めてなさそうだな。よっし、行くぜ、行くぜ、行くぜえええええ」
さすが名物アナウンサーなだけはある。凍えた会場の空気が、熱を持って胎動しだす。
ミリーは追い打ちをかけるように叫んだ。
「猛ろ観客ども、見逃す場面なんかねぇぜ。解き放ってやろうぜ闘魂を! 構え……ディメンションファイトレディ」
ヒューリは、鞘から魔剣 業魔を抜き放ち、リベンジマンの刃に接触させた。
腰を落とし、体を脱力させていく。
――三。
若き次元決闘者の脳裏に、悔しさが滲む映像が浮かぶ。
――二。
復讐の龍種は、あの日の敗北を追憶する。
――一。
二人は想いを闘志に変えて、眼前の敵を見据える。
――レディ? ゴォオオオオオオオオオオオオオオオ。
二振りの刃が唸りをあげて、火花を散らした。
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