第16話 第二章 奮闘⑪
――絶叫。それは生存本能の声だ。
闘技場の至るところから、人々の恐怖する声が響く。
まるでそれらを両断するように、鋭い風切り音が上空で鳴った。
「ぬううぐうう。ウザいですわ」
マリアは、ドラゴンの翼を動かし、会場を縦横無尽に飛び回る。彼女が杖を振るうごとに魔弾が飛び、詠唱するごとに魔法の盾が展開された。
「アハハ、さいっこうだね」
妖艶だが、幼女のように無邪気な響きのある声。それは、漆黒の羽を羽ばたかせるシックからもたらされていた。
「この、調子に乗るなですの」
マリアは、計十六の魔弾を放つ。一発一発がロケット砲なみの威力を持つ。だが、地面からわき出した魔力の鎖が、魔弾を弾き飛ばしてしまう。
「もー厄介すぎでは!」
マリアは、頬を膨らませた。
魔法にはセオリーがある。
万物の源たるマナ。それには、二種類ある。
大気に満ちるナチュラムマナ。
体内に満ちるライフマナ。
これらは前者が上級・中級魔法、後者が初級魔法の原料として用いられる。
ナチュラムマナは巨大であるがゆえに、莫大な魔力量となるが、コントロールが難しいのがネックだ。
ライフマナは少量の魔力にしかならぬが、抜群の扱いやすさを誇る。
上級・中級魔法がミサイルとすれば、初級魔法は拳銃だ。
通常であれば、上級・中級魔法に対抗するには、同じスケールの魔法でなければならない。
当然だ。ミサイルと拳銃では戦いになるわけがない。
しかし、【パンプアップドリンク】が不可能を可能にする。この麻薬が、使用者の体を蝕む代わりに、無尽蔵のライフマナを生み出す。
結果として、扱いやすく大規模な魔法を放つ反則が成り立ってしまうのだ。
「護、カルフレア、早く援護しなさいな。上級魔法の詠唱ができませんわ」
マリアは、カマイタチを躱しざま地上の二人にインカムを通して叫ぶ。しかし、彼らも余裕はないようだ。
役立たず、とマリアは罵った。
「フーン、なかなかやるじゃないか。攻撃が当たんないよお姫様」
シックは、嘲り交じりに微笑を浮かべる。
「こんなに無茶しても倒せないのかい。やってられないねえ。だから、こうよ」
「ッ! あなたまた!」
シックが客席に向かって高威力の魔弾を放つ。
マリアは、多重結界【ターガ】を何十枚も重ねて展開し、威力の減衰を図る。しかし、魔弾は止まらない。腰を抜かして動けない親子が、進路上にいた。
マリアは、青ざめた顔で空を駆ける。
――間に合ってくださいまし、お願い。
はたして神が願いを聞き届けたのだろうか。マリアは、すんでのところで親子の前に到達し、両手を広げた。
揺れる会場。もうもうと立ち上る黒煙。肉の焦げた臭いが辺りに満ちた。
「お、おねいちゃん」
震える声は、母親に抱かれる少年から発せられたもの。母親は、涙をボロボロとこぼしながら、ひたすらに謝っていた。
「なに? 顔を上げなさいな。男の子は、強がっているくらいがちょうどカッコいいのよ」
マリアは、優しさが細部まで染み渡った笑みを浮かべた。
足は震え、魔弾が直撃した腹部は重度の火傷を負い、血にまみれている。それでもなお、彼女は膝を屈することはない。
「ごめんなさい。僕らのせいで」
「いいえ。あなた方に非はありませんわ。あるとすれば、あそこの下劣な女。ねえ、シック。あなた、闘技者として人として、何より女としても終わってますわ。その悦に入った顔、まるでゴブリンみたいよ?」
シックのこめかみに青筋が浮かんだ。
「この、ふざけやがって。どこまでコケにすれば気が済むんだい。そんなに、ボロボロになりたいなら、お望み通りぶっ殺してやるよ」
シックは、巨大な鳥の羽のような武具を眼前に突き出し、膨大な魔力を圧縮していく。
――ああ、なんてことだろう。圧縮しているだけなのに、暴風のような音が聞こえる。
異常なほどの魔力量。きっと、あれを放たれれば無事では済まないだろう。
「ハア、もう少し社長に甘えておくべきでしたわね」
マリアは、静かに魔法を詠唱する。数秒でも良いから命をつなぐために。瞳に煌めくものが溜まっていく。
音は暴風のような響きから、飛行機が空を切り裂くような甲高い音に切り替わっている。いよいよか、と緊張した面持ちになったマリアは、突如ハッとした顔で上空を見上げた。
――黒い流星が、遠くの空からやってくる。
マリアは、一瞬呆けた様子で流星を眺めた。
「あれって、もしや……。ああ、間違いありませんの。あのお馬鹿さん、遅いですわ。けど、偉い。あとでほっぺにキスしてあげましょう」
先ほどまでとは打って変わって、マリアの瞳に爛々とした煌めきが宿る。
シックは、眉を顰めた。
「あんた、気でも触れた?」
「いいえ、こっからですわ。ほら、聞こえますか? 始まりますわよ。終幕の始まりが」
マリアが空を指差す。
その瞬間、黒き機体が、闘技場を掠めるような軌道で上昇していく姿が見えた。
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