第15話 第二章 奮闘⑩
機体を反転させ、刀で得体の知れぬものを弾く。
衝撃に揺れたコックピットの中で、ヒューリは相対する。
「んだあ? こいつ」
それは人型だが、腕はなく背中から何十本もの触手を生やした灰色の機体であった。
顔はのっぺらぼうのように目も口もなく、自己主張している箇所は、蠢く触手のみだ。
「不気味なギア。小鞠、照合」
「不明よ。相手してる暇なんてない。振り切って」
ヒューリは、返事する暇さえ惜しみ、スラスターをふかした。
いかに軍用ギアといえど、乱神の速度についてこられるはずはなく、問題なく振り切れるだろう。――そのはずだが。
「クッソ!」
振り切れない。のっぺらぼうは、数本の触手をスクリューのように回転させ、複雑な軌道を描きながら、乱神に追従する。
「ッ!」
無数の触手が襲い来る。乱神は、切り払い、回避し、前腕で防ぐが、数が多すぎる。二本の触手が、肩と腰部の鎧をはぎ取った。
「があああ、うう」
乱神が、きりもみしながら落下する。落ちていく感触、それに加えて肩から脇腹にかけて激痛が走った。
(傷口が開いたか)
回る視界と痛みに、吐き気がした。だが、弱音を言っている場合ではない。このままでは市街地に墜落してしまう。
「が! あ、んだ?」
機体は落ちなかった。意外な救世主は、のっぺらぼうの機体だ。幾重もの触手で四肢を縛り、無表情の顔で乱神の顔を眺めている。
「コイツ、本当に人間か? あんな音速で飛びながら直角に曲がったり、螺旋を描いたりしやがったぜ」
「よかった、無事ねヒューリ。……ありえないわ。あんな無茶な動きをすれば、機体が壊れる前に、まず人がGに殺されるはず。どうして……ん、ありえない?」
「どうした!」
けたたましい風切り音が鳴っている。のっぺらぼうの機体が、余った触手を振り回しているのだ。
「小鞠!」
「待って! ……あった、これだわ。最近、民間軍事会社で流行っている【ジャンク】って名前のギアシリーズよ。性能を一部に特化させることで、コストカットしてるのがウリ。人間は乗っておらず、全て数世代前のAIで動かしてる」
「ハ、ようはデカいお人形さんかよ。そりゃ、あんな動きしても死なねえよな」
――警告。当機の活動限界時間まで残り三分。
無機質な音声が、コックピットに響く。ヒューリは、大きく舌打ちをして俯いた。
「へ、体はボロボロ、機体もボロボロ。おまけに俺も仲間も絶体絶命ときた。笑うしかねえ。ああ、クッソたれが! 小鞠、スマン。もっと無茶するぜぇ」
「ふぇ? あ、もしかして……駄目! 絶対、駄目」
「これしかねえ。小鞠、闘技場に医者呼んどいてくれ。俺、ぶっ倒れるからさ」
ヒューリは顔を上げ、ぎらつく瞳で画面を睨み、叫んだ。
「おい、モード足軽将軍だ」
――警告、機体の耐久度が下がります。
「うるせぇ! 四の五の言わずやれ!」
触手が、鞭のように唸りを上げて乱神に迫る。――その時、乱神の装甲が派手にはじけ飛んだ。
「……」
のっぺらぼうは、拘束に使っていた触手ごと、はじけ飛んだ装甲に吹き飛ばされた。
「さあ、行くぜ? 性能を特化させたってことは、恐らくお前は触手の操作と高速飛行だけがウリのギアだろ。装甲は紙だ。ぜってえ」
乱神の容姿が変貌した。肩、背面、腰部、ふくらはぎの装甲がパージされ、巨大なスタスタ―が、背中に六つ、両ふくらはぎに一つずつある。
全体的にほっそりとしたが、スラスターのおかげでどことなく強靱さを感じさせるフォルムだ。
ヒューリは、歯を食いしばりスラスターをふかした。
――直後、反重力装置でも消せない慣性によって、体がシートに押し付けられる。
刹那、眼前に迫るのっぺらぼうの顔。ヒューリは、操縦桿を思いっきり前に倒した。
「ガラクタらしく静かにしてろ!」
剛腕一閃。のっぺらぼうのギアは、粉々に破壊され、地へと落ちていく。
「小鞠!」
「分かってる。イワサさんの部隊が、魔法で破片を市街地以外の所に散らばしたわ」
「あ、り」
「喋らないで。舌噛んで死ぬわよ」
そう、喋れない。機体は加速を続けていき、止まるところを知らない。
とっくに音速の壁は突破した。
――第五十九ゲート確認。ゲート通行の許可は下りています。そのまま、ゲートをくぐってください。
加速から数秒ほどで、ゲートに着いたようだ。機体のアナウンスに導かれるように、ヒューリは画面に視線を投げる。
画面には、四方を鋼鉄の壁で覆ったボックスが表示されている。あれは、時空のひずみを覆う壁であり、ドアだ。壁は、ギアに乗ってなお威圧される巨大建造物だ。一部がぽっかりと穴が開いており、乱神はその穴をくぐった。
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