第14話 第二章 奮闘⑨

 ――エンチャント・ボイス所有の特殊倉庫。


 そこは、金属で構成された長方形の倉庫だ。


 天井の高さは三十メートル、入り口から突き当りに至るまで一キロの長い通路。


 巨人の棺桶みたいですわ、とマリアが表現していたことを思いだし、ヒューリは微笑した。


 彼は、倉庫内に格納されているフェスティバルギア、乱神のコックピットにその身を沈めている。


 乱神は、全身を太いワイヤーで幾重にも拘束されており、傍から見れば漆黒のミイラ、もしくは囚人のような風貌である。


「さて、気合入れろ俺」


 ヒューリは、淡く発光している画面に指を触れる。


 ――警告。当機『乱神』に搭載されているエンジン『マザースフィア』に接続しますか? 


「接続しろ」


 ――接続した場合、当機はマザースフィアから発せられる『オゴ』によって暴走状態に陥ることが予想されます。活動限界時間八分を超える前にエンジンと当機との接続を解除しない場合、耐久限界値を超え、融解・爆発の危険性があります。


「知ってる。良いから接続しろ。ったく、いくら心配だからって、この警告文いらねーよ。だいたい、八分ジャストになれば自動で接続切れるだろって」


 愚痴っている間に、接続が完了する。恐ろしい警告文のわりに、接続時は機体が僅かに揺れただけであった。


 ヒューリは、二本の操縦桿を握り、中央のモニターを睨む。『七分四十五秒』とタイムリミットが表示されているが、見るべきはそこではない。護たちがいる会場の映像と、そこへ至る道筋を示すナビを確認した。


「この機体なら、会場まで二分もいらねーな。小鞠!」


「エーア行きのゲート通行許可が下りたわ。一般通路じゃなく、空からそのまま入って。――と、なれば。乱神、ファーストロック解除。シルフィードシステム起動」


 乱神の全身を縛っていた幾本ものワイヤーが外れ、膨大な風が機体の背後に集まり圧縮されていく。


「ハッチオープン、ウィンドパス形成」


 ――ガゴン、と重々しく倉庫の巨大な扉が開き、昼間の清々しい光が差し込む。その入口に向かって風が流れていく。


 倉庫の一番奥にいる乱神は、浮遊していた。足に接続されている二本のワイヤーで辛うじて風に流されずに済んでいる。


「コントロール譲渡。ヒューリ、アーユーレディ?」


「ハ、聞くまでもねえ。セカンドロック解除。――永礼 ヒューリ、仲間を救いに発進する。暴れようぜ、乱神!」


 ヒューリは、フットペダルを深々と踏む。それにより足を拘束していた最後のワイヤーが外れ、機体背後の圧縮空気が一気に解放された。


「ぐう!」


 ヒューリは、歯を食いしばった。


 膨大な推進力を得た機体が、瞬く間に倉庫を駆け抜け、光が満ちる外へ飛び出す。


 倉庫周辺は閑散とした広場になっており、周囲を囲うフェンス越しに街並みが見て取れた。


 ヒューリは巧みに操縦桿を操作し、低空から徐々に高度を上げていく。


 体に感じる浮遊感は僅かなもの。右手を操縦桿から離し、右前腕部近くにあるスラスター調整レバーを操作した。


「うっひょ!」


 パックパックにある巨大スラスターと、肩、脚部の補助スラスターが火を噴く。


 加速。加速に次ぐ加速。速度は止まるところを知らない。


 瞬く間に景色を背後に追いやっていく乱神。ついには爆撃に似た音をまき散らし、ソニックブームを発生させる。


本来であれば、これほどの高速で動く機体に乗る場合は、耐Gスーツを着なければならない。しかし、ヒューリはスーツ姿のままだ。魔法と科学が融合して生まれた魔科学によって生み出された恩恵は数知れず。この機体に搭載されている反重力装置もその恩恵の一つだ。


 Gをある程度緩和することで、耐Gスーツを着用せずとも比較的安全かつド派手にギアで空を飛べる。


 ――しかし、乱神は少々勝手が異なる。機体の揺れが徐々に激しさを増していく。それにつれて、ヒューリの体はミシミシと悲鳴を上げた。


「ヒューリ、速度を落として。マジック・カーボンの装甲でも、無限に速度が加速していけば壊れるわよ」


「お、おう。わーってるって。いや、待て」


 突然のアラーム音。ヒューリは、画面に表示される赤の大軍を見て、顔をしかめた。


「敵の識別反応だ。所属不明。どこに隠れてやがった?」


「目視は?」


「まだ。大きさからしてギアだな」


「軍のギアかしら? 誤解だといけない。呼びかけてヒューリ」


「――いや、どうやら違うみたいだぜ。アイツら、俺に標準を定めやがった」


 レーザー警報装置が、敵にロックオンされた事実をうるさく伝えてくる。


 ヒューリは、冷や汗を拭い、操縦桿を握る手に力を込めた。


「野郎……何もんだ? 上空とはいえ、ここは市街地だぞ。小鞠、乱神のシステムと同期して俺をナビゲートしろ。俺は回避に専念する」


「了解。……リンク完了。敵は、十二時の方向に固まってる。十一時の方向から駆け抜けて。敵の数は二十機ほど。その機体の速度なら振り切れる」


「……だと良いけどな」


「ミサイル発射! 気を付けて」


 ミサイルアラートの甲高い音が鳴り響く。無数の飛翔体が、機体前方を覆うように接近してくる。それは、さながら騎兵隊どもの突撃じみた迫力があった。


「警告もなしかよ」


「接触まであと五秒」


「五秒? 余裕」


 ヒューリは、操縦根は微細に動かしつつ、深くフットペダルを踏み込んだ。


 乱神のスラスターが吠える。ミサイルは無数に発射されたようだが、隙間がないわけではない。縫うようにミサイルを回避していく。


「そんなもんかよ。――見えた。敵だ」


 ミサイルの後方に、敵のギアが待ち受ける。その姿は、まるで戦車が空を飛んでいるようだ。分厚い装甲と巨大なスラスター、角ばったフォルム。背中に背負った巨大な箱は、ミサイルコンテナだ。ハッチが開き、すでに次弾が装填されている。


 ヒューリは顔をしかめた。


「魔力装填型のミサイル……。搭乗者の魔力がもつ限り、無限に発射される」


「……ヒューリ、今、オール連合軍に確認したわ。この空域に部隊はいない。つまり――」


「犯罪者かよ。このタイミングってことは、エゴ株式会社の妨害……いや、ラーラの可能性もあるな」


「ヒューリ、正解かも」


 小鞠が、苛立ちを込めた声で言った。


「あのギアは、【ギムガアット】よ。高火力・重装甲の軍用ギア。あれは、民間軍事会社ブラッククロウが好んで使うみたい。連中、ご丁寧に所有ギア一覧をホームページに掲載してたわ」


「ハア? つーことは、ってあぶね! ……あー、つまりあれか。ラーラの差し金で動いているお犬様か」


 ヒューリは、内心首を傾げる。いくらラーラと関係があるからといって、街中でミサイルをぶっ放すなど会社が潰れても文句のいえない失態。この妨害にそんな価値はあるのだろうか?


 ヒューリが訝しげにそのことを伝えると、小鞠は「価値はある」と断言した。


「ブラッククロウは、業績が落ち込んで廃業寸前の企業よ。そんな崖っぷちの会社に、「言う事を何でも聞いたらすごい褒美をプレゼントするわ」って言ったとしたら?」


「なるほどな。廃業のリスク以上の見返りがあれば、恐れ知らずのクソッたれな忠犬が誕生するわけだ。チィ、こいつらの相手をしてる暇はない」


「かといって、放置をするのは危険だ、でしょ? 大丈夫、手は打ったわ。ディメンション・スマイルに協力を要請した。あとは彼らが何とかしてくれる。あなたは」


「あいつらを突破する」


 無数のギムガアットが、間断なくミサイルを発射する。アラート音は鳴りっぱなしだ。


 縦横無尽に動き、回避していくがいかんせん数が多すぎた。


「やっべ!」


ミサイルに囲まれてしまった。直撃すれば、墜落は免れない。


しかし、ヒューリは笑みを浮かべる。


「数撃てば当たるってか? あめーぜ。なあ、相棒ぉ!」


 乱神は業魔を抜き、大きく振りかぶった。唸りを上げる剛腕。あろうことか、業魔を前方へ放り投げた。


 隕石のように突き進む巨大な刀は、続々とミサイルを切り裂き、空に花火を彩っていく。


「よっし、じゃあな」


 空中で業魔の柄を掴んだ乱神は、爆発を背後に追いやり加速していく。


 ギムガアットの機動力では、空をかける黒き星を追いかけることなど夢物語。あとは仲間のもとへ駆けつければ良い。


 ――だが、ゾワリとした感触がヒューリの全身を撫でた。


「何だ?」


「ヒューリ、上!」


「ッ!」

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