第17話 第二章 奮闘⑫
エーアに入ってしばらくは森が続いていたが、巨大な建造物が地平線の彼方から現れた。
――あれだ。
ヒューリは、僅かに緊張した面持ちで画面越しに闘技場を眺める。
闘技場は、遠めでも分かるほど混乱を極めており、時おり魔法がフィールドにぶつかって消滅するさまが見て取れた。
周囲の森から鳥が慌てた様子で飛び去る。
ヒューリは、画面を二度タップし、闘技場の入り口付近を拡大した。
(兵士? あれが運営員会直属の兵士か。……入れずに困ってるって感じか)
ヒューリは画面から視線を逸らし、滑らかに手足を動かす。
乱神は、闘技場のギリギリを掠めるような軌道で、ロケットのように上昇していく。
高く高く、どこまでも……。ついに機体は成層圏に到達する。
高度約五十キロメートルの雲を見下ろす世界。会場は遥か遠くの地上に佇む。
乱神は、上昇をストップさせ、業魔の柄を両手で握った。
「ヒューリ。分かってると思うけど、防護フィールドは並大抵の攻撃では突破できないわ。ドラゴン」
「百匹分のブレスでも大丈夫、だろ? だったら、百匹超えすりゃいいじゃん」
「簡単に言ってくれるわね。一体、どうするつもり?」
「切って壊す。それくらいしかできねーよ。小鞠、この高さから落下してぶつかった場合、ふつうなら立派なクレーターができそうだが、問題ないか?」
「ええ、ないわ。専門家じゃないから細かな理屈まではわからないけど、あのフィールドは任意の現象を相殺できるって話よ。
会場の中が見えているってことは、光は通過してる。でも、物理攻撃、正確にいえば物質は通過できないでしょうね。でないと、兵士が中へ入れているはずだから。衝撃もフィールド発生装置の破壊や結界魔法の使い手が攻撃されて無力化されるのを防ぐために、打ち消しているはず」
「ようは、ぶつかっても問題なしってことだな。うっし」
――呼吸を一つ。高ぶりすぎた気持ちを沈めていく。頭はクールに、体はホットに。戦いにおける最良とは、熱すぎても冷たすぎてもいけないのだ。ほどほどの緊張感と冷静さが入り混じる時、人は理性を持った獣としての本領を発揮する。
――警告。当機の活動限界時間まで残り一分三十秒。
ヒューリは、努めて冷静に操縦桿を握り、叫んだ。
「魔剣 業魔よ。俺の闘志を喰らえ」
その声に反応するように、業魔は燃える闘志を喰らい鼓動する。
今、仲間が戦っている。
護は、真面目で良い奴だ。時々それが行き過ぎるのが欠点ではあるが。
カルフレアは、強い……がむかつく奴だ。反りは合わない。だが、実力は尊敬している。
マリアは、生意気だがありがたい女だ。小鞠の友達、もしくは妹のような関係を築いている。彼女が入社して、少しばかり小鞠の笑顔が増えたと思う。
頭をよぎった三人の顔。それが血まみれになった姿を予想して首を振る。
こんなつまらないところで死ぬなど、絶対に許してはならない。だから、想いを剣に託そう。
業魔が脈動するほどに、刀身から漆黒のオーラが滲み、少しずつ刀が巨大化していく。
――掻き鳴らせ鼓動を。滾らせろ血潮を。
刀身は今や二十メートルを超える大きさへと達する。
焼けるような激痛が、肩から脇腹にかけて走ったが無視をした。
「安全装置全解除。オゴのエネルギー全部をスラスター・姿勢制御系に回せ」
――警告、安全装置を解除した場合、当機の活動限界時間が縮まります。
「構わない。やれ」
――了解。命令を実行、当機の活動限界時間残り四十秒。
「上等。スリルあって良いじゃねえか」
乱神は、刀を大上段に構えた。
「小鞠、俺の姿を見てろ」
「はい、存分に力を振るってくださいませ。瞬きさえしないから」
「へ、ドライアイになるなよ」
出力を最大に設定。目標……闘技場会場。
「あとは挑むのみ……永礼 ヒューリ参る」
ヒューリは口元に笑みを湛え、乱神の力を全開放した。
――猛烈に落ちていく。背面スラスターの全てから極太の炎が吐き出されるさまは、隕石の如く苛烈。
みるみる森が、会場が近づいてくる。
ブワリ、と全身から汗が吹き出した。
ああ、正気の沙汰ではない。
反重力の壁を突き破る慣性が、ヒューリの全身を引きちぎろうと襲う。
歯を食いしばり、吐き気をこらえ、それでも見据えるは前のみ。ガタガタと、計器類と一緒に体が揺れている。
大きな闘技場。先ほどは点でしかなかったそれが、もはや巨大に見えるところまで迫っていた。
「つおおおおりいいいいやああああああ! 放浪永礼流の荒技を喰らいやがれええええ」
――【奥義の型 流星の斬】。全長二十メートルの巨刀を突進の威力を活かし、その質量ごと叩きつける。すなわち、純粋なる暴力の極みである。
機体とフィールドがぶつかりそうになる。その刹那、荒れ狂う神が刀を振り下ろした。
――轟音、大地は揺れる。
人間の英知を結集した防護フィールドさえ殺しきれぬ破壊の力が、猛威を振るうっている。
さあ、各々方ご照覧あれ。人型巨大兵器とバリアの鍔迫り合いだ。
業魔の暗きオーラが、フィールドに侵食し、少しずつヒビを作っていく。しかし、まだ足りない。刃に触れた箇所から火花が散って、観客たちの顔を照らした。
「往生際が悪いフィールドだ。お前が砕けないと、どうにもならんだろうが」
スラスターからはオゴが噴き出し、機体が悲鳴を上げるほどの推進力を与えていた。しかし、届かない。ならば、どうする?
ヒューリの視界が歪む。傷口からの痛みも感じなくなっていた。おまけに、
――警告、機体停止まで残り二十五秒。
「クッソぉおおお」
乱神は、両手持ちから片手持ちに切り替える。自由になった手で拳を握り、振り落とす。狙いは刀のみねだ。何度も、何度でも。振り上げては落とす。
叩く度、振動がヒューリの意識をさらっていきそうになる。
だが、食らいつく。
次元闘技者として彼が優れている点は、まさにその飢餓で追い詰められた獣が如くしつこさにある。放浪永礼流が使えるから彼は強者なのではない。一度戦いになれば、諦めないからこそ、彼の一撃は敵に届きうるのだ。
叩く、叩く、叩く、くどいくらいに。視界がぼやけ、操縦桿を握る手が緩みそうになっても、乱神の拳は刀を殴り続ける。
少しずつ、確実にフィールドはひび割れていく。あと、少し。――だが、意識が薄く微睡みに溶けていく。
そんな時、鋭い女の声がヒューリの鼓膜を叩いた。
「あ?」
「ヒューリ、あと少しよ。絶対に眠らないで。どうせ眠るなら、私の胸の中にしなさい。……そんなんじゃまた、お父さんに叱られるわよ」
「……ハ、そいつぁ」
憎悪にも似た強い感情が、腹の底から湧き上がり、一度は離れていった意識の手綱を握り締める。痛みと吐き気がしたが、そんなもの父親に叱責される屈辱に比べれば……。
「嫌だねぇ! 俺は親父の付属品じゃなくて、永礼 ヒューリっていう男だぁ。皆、俺を見ろ。みっともなくても、成し遂げてみせるからよ」
拳を握り、渾身の動作で乱神が刀を殴りつける。
ヒビが広がった。
――ここだ。勝機はここにしかない。
乱神は、両手で柄を握り締めた。
「とっとと爆ぜろおぉぉぉぉぉぉ」
迸る業魔のオーラ。暗き輝きは、食い込んだ箇所を発信源とし、放射状に広がっていく。
「うぉおおおおお。すげええ」
食い入るように事の推移を眺めていた観客たちが、喝采する。
ガラスが割れるような音。砕け散ったフィールドが、闘技場に乱反射しながら落ちてゆく。それは夢のように幻想的だ。地に落ちる前に光の粒子となって風に流されていく。
乱神は、墜落に近い形で場外に落下した。
――機体停止。マザースフィアとの接続解除。お疲れさまでした。
「へ、最後までうるさいAIだぜ」
力なくそう呟き、ヒューリは糸が切れたように気を失った。
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