第12話 第二章 奮闘⑦
ヒューリは、呆然とした面持ちで画面を睨みつけた。
観客たちの悲鳴、怒号。剥き出しの恐怖が波紋のように伝播し、混乱がより大きな混乱へと発展する。
大変なことになった。これは大会どころではない。
護が、カルフレアが、マリアが死力を尽くして観客を守っている。
エゴ社の闘技者は、わざと観客たちを攻撃し、護たちの動きを封殺。そのうえでいたぶるように攻撃を加えていた。
「う、ううう~。皆……」
泣き声が聞こえる。小鞠が泣いているのだ。画面の向こうで傷ついていく仲間たちの痛みが、彼女の心を抉っている。
ふざけんな、誰が、誰がこいつを泣かせてやがる。
ヒューリは、心の叫びに突き動かされるように拳を握りしめた。
「どうにか、しないと。まずは観客をどうにかしなきゃ。……マリア、防御系の上級魔法を広域展開して。カルフレアと護はマリアが詠唱を終えるまでカバー。何ですって? ……うん、分かった。カルフレア、マリアの援護を。護はバダとシルベを少しの間抑えて」
小鞠は、涙を拭い凛とした佇まいで淀みなく言葉を紡ぐ。彼女の顔は蒼白で、長く綺麗な指は震えている。それでもなお勇ましい。
ヒューリは、眩しそうに目を細め「頼もしい奴」と呟いた。
「なに?」
「いや。……おい、このままじゃジリ貧だってわかってるだろ?」
小鞠は、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「分かってるわヒューリ。会場の防護フィールドは、人間が破壊できるものじゃない。私たちにできることは、イワサさんが救出の手はずを整えるまで、観客を守ることだけよ」
「……いや、まだできることはあるぜ」
ヒューリは、ニヤリと笑った。
「何を? ……待って、分かった。嫌だけど分かってしまったわ。許可、しないわよ?」
「許可してくれ。なあ、考えてもみろ。今回の騒動、連中が個人的にやってるだけだと思うか?」
「まさか、個人的ではないっていうの?」
小鞠の頬が引きつった。
ヒューリはベッドから呻くように降りると、服を着替え始める。パッと小鞠は後ろを向く。
「考えたくはねえがな。でも、大会の厳しいチェックをくぐり抜けて麻薬を持ち込んだり、バリアを都合よく張り替えたり……これってよ、誰かが親父を欺いて糸引かねえと無理じゃねえか?」
「……そうね、そう考えるのが自然だわ。問題は誰が? いえ、それは後にしましょう」
「そうだ。どっちにしろ、早く状況を打開しなきゃならない。だから、俺は行くよ。乱神でバリアを破壊する。そうすりゃ、護の追加武装とカルフレアのグリフォンを届けられるし、運営委員直属の部隊も侵入できる」
小鞠は静かに首を振った。
「無理よ。乱神といえどバリアを破壊できる保証はないし、あなたの怪我じゃギアの操縦は難しいわ」
「小鞠、これしかない。シックは、魔力ブースト系の麻薬と言ってただろう。それってつもりよ、大火力の魔法をガンガン打ち放題ってことだろ? あいつら、死んじまうぞ。親父が間に合う保証はない。俺は嫌だぜ」
ヒューリは、ネクタイをきつく締めた。
「足掻きもしないで、駄目でしたって、んなの納得できねえよ。お前、さっき言ってくれたよな。俺は壁を叩ける人だって。
だったら、叩くよ。無理だろうがとにかく壁を叩く。そして、邪魔な壁はぶっ壊して、開けた道を歩く。俺は死なない。俺は、放浪永礼流を極めて、一流の次元決闘者になるんだから。頼むよ小鞠。不可能を可能にするチャンスを俺にくれ」
「……でも、死ぬかもしれないわよ?」
「死なない。皆救ってハッピーに解決だ。俺は、そんなに信用できないか?」
小鞠は千切れんばかりの勢いで首を振った。
「そんな、わけない。いつだって信じてる。でも、でも……」
声が震えている。心配してくれているのだ。ありがとう、ごめん。そんな言葉が心に満ちた。
彼女の後ろ姿は、いつもより少し頼りなさげに見えた。そんな姿に、ギュッと胸が締めつけられて……たまらず後ろから抱きしめる。暖かくて柔らかい感触。それと甘く軽やかな匂いがした。
「ヒューリ?」
「すまん。でも、感謝してる。お前のおかげで俺はどうにかなってるよ」
「……うん」
「行ってくる」
パッと体を離した。
小鞠は、鼻をすすり振り返る。流れる青い髪が、やけに印象に残った。
「分かった、覚悟を決めたわ。でもね、ヒューリ? ここのドア、医者の許可が下りないと開かないから」
「げ! そうだった」
「でも、私が外に出るって言えば開くわ。ドアから出たら、外の警備員が止めにくるかもしれないけど、どうにか振り切って」
「……へ、怒られちまうな」
「どうにかするわ。それより、皆と一緒に帰ってきて。他は望まない」
「了解。任せろ」
小鞠は、優しさを滲ませた笑顔で見送ってくれた。ヒューリは、名残惜しそうに視線を外すと、ドアへと向かう。
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