第10話 第二章 奮闘⑤

「おいおい、あいつら何やってんだよ?」


 ヒューリは大きくため息を漏らす。


 画面には、カルフレアが護の上に乗って、頭を振っているさまが映し出されていた。


 ――まったく、もどかしい連中だ。さも、そう言いたそうにヒューリは、体を前後に少し揺らす。キィキィ、とベッドが規則正しく軋んだ。


 小鞠は、口元に手を当て微笑し、耳のインカムに手を当てる。


「護、カルフレア、二人とも、共闘して敵を倒して。セカンドタイムが近づいているから忘れずに。……問題は、あの子ね」


 護たちとは別画面で、金髪の少女が底なし沼にハマっている姿が映し出されている。必死に、懸命に、汗にまみれた彼女の顔が、心境を如実に表していた。


 そんなマリアを嘲笑う女が一人。


「そんな様で情けないったらありゃしないね。えぇ? あたいはあんたを知ってるよ。キング・ゴールドのお姫様。誰よりも煌びやかな世界で生きられるのに、戦いの世界に身を投じた変わり者。ほら、あんたが望んだ戦いだよ。泥まみれでお化粧してさ」


「馬鹿にして……」


「馬鹿にされる程度のあんたがいけないんだよ。ああ、可愛そうだからさ、派手な敗北をプレゼントしてあげる」


 空の女王シックは、巨大な鳥の羽のような武具を天へ掲げ、魔力を圧縮していく。白き羽は供給された魔力を吸うごとに漆黒へと変色した。その変異の仕方は不吉だ。死、そう死を予感させる。


 小鞠は、顔をしかめ叫んだ。


「【フェザーバースト・ダクア】、死後の世界へ招く漆黒の羽。マリア、このままじゃ直撃よ。【ターガ】を発動させて防いで」


「しゃ、社長。……祈ってくださいまし」


 シックの武具から、黒く輝く羽が次々と発射され、風に乗ってマリアの周囲に漂った。


 羽の優雅さとは裏腹に、秘められし魔力の燐光が凶暴さを物語る。


 マリアは表情を引きつらせ、泥にまだ埋まっていない右手を上空に掲げた。


「ゴーン・ゴーン・ファラミア……」


 千年龍の杖が、マリアの魔力を貪欲に吸収し、発光する。


 龍は年月を重ねるごとに強靱なる力を宿す。


 一日、二日と日々を生き、それが千年。遂には力尽きようとも、彼の者が生きて蓄えた力は偉大なり。


 見よ。遺骸の一部、牙から削りだして作られし龍の杖が、情景を引きつれるように咆哮する。


「我が身を守り給え。多重結界【ターガ】」


 その言葉が口火となった。杖から帯が飛び出し、それらはやがて複雑な幾何学模様を描きながら結界を形成した。


 マリアを守りし、龍の恩恵。対するは、死へと誘う漆黒の羽。


「マリア……ファイト」


 小鞠が祈るように両手を組み、ヒューリが真剣な眼差しで行く末を見守った。


 画面越しに、マリアが「社長」と叫ぶ。その刹那、羽が煌めきながら派手に爆発した。


 恐ろしくも美しい暴力の光。次々と咲き乱れ、――そして、何も見えなくなった。


 ※


 地面が揺れる感覚と耳をつんざく爆音。


 カルフレアは、背筋に氷を差し込まれた気持ちになった。


 きっと、これはマリアたちの戦闘音だろう。一刻も早く駆け付けなければならない。マリアは優秀な魔法使いだが、精神的にムラがある。シックのように狡猾そうな相手は、恐らく苦手のはずだ。


「ああ、けど。こっちも、大変なんだよね」


 後頭部がズキリと痛む。シルベに吹き飛ばされた時、何かにぶつかったみたいだ。


「……いたた、一体何が? ん、カルフレア先輩、どうしてそこに?」


「え? ああ、どうしてだろうね」


 赤土の地面にしては、やたら硬質だと思っていたが、納得した。護を下敷きにしていたらしい。


 カルフレアは急いで護から降り、手を差し伸べた。


「ども」


「あたー、やるね。あの御仁、隙がねえ」


 カルフレアは、銃剣付のライフルを油断なく構えつつ、護を起こした。


 引き金に軽く触れる指が、チリチリとした感触に苛まれる。


 距離にして十メートルほど。魔道の天才シルベの体から蜃気楼のような靄が立ち上っている。あれは、高濃度の魔力がシルベから漏れ出ているのだ。


 魔法は、マナを魔力に変換して行使する奇跡。


 大気や妖精などのマナを使って放つ上級魔法や中級魔法と異なり、初級魔法は体内のマナを使うのが基本だ。人ひとりが内包するマナはたかが知れている。……はずなのだが、シルベのそれはおよそ人間離れしている。


 シルベは少しずつ、体を左右に揺らしながら腕の包帯を解いていく。――それはいかな奇術か?


 腕から解放された無数の包帯たちは、蛇のように身をくねらせ一人でに動き出す。初めはランダムな動きで惑うように。次第に動きは統率の取れた軍隊のように精細さを帯びていく。


「あれは……あー何だ?」


 カルフレアの顔が引きつる。


 包帯が複雑な軌道を描き、小さな魔方陣を生み出していく。あの魔方陣が無害ならば幻想的な演出だが、ここは次元決闘の場だ。絶対良からぬものである。そんな代物が、一つ増えるごとに空間が侵食されていく光景は、見ていて気持ちのよいものではない。


「ああ、いかんぜこれは。護、協力して戦おうや。ほら、あの御仁らタッグでくるみたいだから」


「了解っす。でも、ありゃ―ヤバいですね」


「分かってるさ。ちょっと、時間くれ」


 バダが、シルベを庇うように前に陣取り、拳を構える。遠距離のシルベ、近距離のシルベ。単純ゆえに隙のない布陣。


(考えろ。まともにぶつかれば、俺らでも勝てるかわからん。だから……)


 魔方陣は今や、天蓋を覆う数に達している。さっきから冷たい汗が流れて気持ち悪い。だが、努めてクールに頭を回す。そうすれば……ほら。女神が閃きをくれるのだ。


「護、遠距離が得意な俺がシルベを抑えるから、バダはお前が戦え。隙をついて援護すっからさ。なあ?」


 護に、ゆっくりとウィンクした。まるで悪戯少年に戻ったみたいだ。心の内を、たったそれだけのデスチャーで伝える。


(……どうだ?)


 お利口な後輩は、怪訝な顔をしていたが、深く頷いた。ほう、とカルフレアは内心息を吐く。


「了解。妖力を集めておきますね」


「おう、よろしく。おい、お前さん方。そろそろ始めましょうや。野郎同士でツラ突き合わせても吐き気しかしないって」


「あいつ、チャラい。俺、あいつ嫌い。殺す」


「同感だ、バダ。今こそ我らの力を見せる時。所詮、あやつらは少し戦えるだけの若造に過ぎぬ。即、勝利し、シックに合流するぞ。……悪く思うなよ若造ども」


 カルフレアは、声に出して笑う。


 唐突な反応に、シルベたちはあっけに取られた様子で動きを止めた。


「いや、少し戦えるだけの若造が、この大会に出場できるわけないでしょ? お前さん方、お馬鹿さんだね!」


 カルフレアが、射撃する。バダ、シルベの順に弾は飛んでいくが、それぞれの方法で彼らは防いでしまう。舌打ちをしたカルフレアは、魔方陣へ狙いをシフト。次々と撃ち抜き、霧散させていく。


「……恐るべき早撃ち。狙いも正確。しかし、それだけだ。世界を構成する偉大なる属性よ、盛大に踊るが良い【エレメントゥム・スター】」


 カルフレアの速射は圧巻の速さだ。だが、いかんせん魔方陣の数が多すぎる。


撃ち漏らした魔方陣が光り輝き、地水火風の四大属性に連なる初級魔法を続々と吐き出した。――そのさま、さながら流星の如く。


「しまっ!」 


 焦りの声が、カルフレアの口から零れ、それごと覆うように光の奔流が殺到。大爆破が巻き起こった。


「まともに食らった。たわいのない若造どもよ」


 もうもうと立ち上る土煙を前に、シルベは鼻を鳴らす。


「……油断、禁物」


「あ? なにを言っている。お前も見たろうに、私の芸術的な魔法を。あれだけまともに――」


 シルベが派手に仰け反った。


「え、はあ?」


彼はゆっくりと自らの肩に視線を動かし、目を見開く。包帯に丸い穴が開き、そこから血が流れている。


 ――一発、二発、そして三発。銃声がリズムよく鳴る。土煙を突き進んだ弾が、シルベのもう片方の肩と両太ももを穿った。


「シルベェェェエ」


「バダさん、よそ見をするなんて余裕っすね」


 土煙のベールを払う紫紺のオーラ。妖力は、高濃度の状態で圧縮すると物質化する。空気中に溢れる妖力は、所々が銀の盾となっていた。


 数多の奔流には、幾重もの守りを。――そして、攻撃には報復を。


「行っくよ、お利口な後輩君!」


 カルフレアが敵に向かって猛然と走り出す。


「お前、どうしてに近づいてくる? 馬鹿、なのか」


「バダさん。お馬鹿は、あなたですよ。僕が近距離、カルフレア先輩が遠距離? 誰が決めたんですか!」


 護は、言うや否や空気中の妖力を圧縮し、ナイフを次々と生み出す。圧縮して物資化をさせるのにはかなりの妖力を使う。


 カルフレアは、視界の端で護の額から流れる滝の汗を見て、足をより速く動かした。


「【オヌ、風鬼は疾風で弄ぶ】。一清掃射! いっけええええ」


 ナイフがバダへなだれ込む。触れれば細切れとなる斬撃の嵐。――しかし、バダとてただでやられるはずもなし。


「甘い、ぞ……【イーヴァハ】」


 バダの手のひらから生じた熱波が、刃を弾く。


「フ、どっちが」


 護の笑い声。その声に、カルフレアは同意する。これだ、この展開をカルフレアは待っていた。ナイフの雪崩に隠れていたカルフレアは、開けた視界を前に雄叫びを上げた。


 バダは、カルフレアを見失っていたのだろう。驚愕に染まった顔で固まっている。


「とった!」


 唸りを上げて銃剣付きのライフルを突き出す。鉄壁を誇るバダのディフェンス技能を前に、その一撃は鋭いだけの攻撃に過ぎない。


 しかし、カルフレアの仕掛けた策が、彼の反応速度を鈍らせる。


「うっし!」


 手に肉体を突き刺した感触がした。


 バダは、唸り声を上げ、自らの腹部に刺さった銃剣を睨んでいる。


 もう、終わりだ。二人とも重症で、試合をするどころではないだろう。後はマリアと合流すれば、勝利は目前だ。


 ――そう、思っていたカルフレアの思考は一瞬動きを止めた。


 バダとシルベの手に、小瓶が握られている。中には液体らしきものが入っているらしい。中央は赤、周囲は黒く光っている。


「あ、それ、は……駄目だ」


 カルフレアは知っている。あらゆる異世界を旅したことがある彼には、その液体の正体が分かるのだ。だからこそ、存在を許してはならない、と思った。想いは、ライフルの引き金にかかる人差し指を突き動かした。


(早く、撃って行動不能に。あ、ああああああ!)


――しかし、ああ、しかし口惜しい。


 二人は止める間もなく、その液体を口に流し込んでしまった。

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