第8話 第二章 奮闘③

 青天なる空に、派手な花火が咲き誇る。


 ここは、手つかずの自然が数多く残る異世界【エーア】の首都【カナリア】だ。


 自然との調和を何よりの美徳とするエーアの街らしく、至る所に設置された花壇や街路樹が、風に揺られながらダンスを踊る。


 街の周囲は広々とした森が広がり、青々しく生い茂る木々が生み出す空気はどこまでも清々しい。


 カナリアには、城壁がない。戦乱は過去に幾度か起きてはいたが、意思を持つとされる友の森によって、敵意ある存在は容易に首都に辿り着けない。いわば、首都を囲む森は天然の城壁なのだ。


 吟遊詩人曰く、森に許され、首都へ訪れた旅人は、誰であっても等しく目を見開き、旅の疲れをどこかへと吹き飛ばすという。


 理由は、首都に足を踏み入れれば誰でも分かるだろう。――ああ、壮大で気ままなのだ。


 木製の平屋が軒を連ね、幅の広い街路が入り口から町の中央に伸びている。城壁のなさが、視野の広さを確保し、青空に負けず劣らずの無窮な景色をさらけ出していた。


 ――しかし、それはあくまで平時の話。


 全異世界を熱狂の嵐に叩きこむオールワールドフェスティバルの開催期間中は、その印象は少々霞むだろう。


 耳が長く、透き通る肌を持つエーア人が多く住まう街は、姿や言語、価値観に至るまで異なる異世界人たちでごった返していた。


 隣に歩く者が何を喋っているのか理解ができない。ただ共通しているのは、誰もが興奮した面持ちで、笑いあっていることだ。


 街路には、屋台がズラリと並び、陽銀の花をあしらったアクセサリーや特産品の染物など、その店自慢の一品が売られている。それらに財布のヒモが緩む者もいれば、食べ物に釣られる者もいた。


 特に人気の高い食べ物は、カナリア名物のジュシ鳥の香草燻煙である。ジュシ鳥は、友の森に生息する固有種で、ジューシーさと程よいたんぱくさを併せ持つ食材として、地元の人に愛されている。ジュシ鳥の香草燻煙は、塩と胡椒で下味をつけ、それを乾燥させたリフェ草に火をつけて燻煙するのだ。お客に出す時は、燻煙済みの肉を軽く火であぶり提供する。噛むとパリパリとした食感とジューシーな肉汁が口内を喜ばし、香ばしい匂いが鼻を突き抜けていく。


 右手に食べ物、左手に財布、そして背中の鞄にお土産をたっぷりと。そんなふうに分かりやすく浮かれている者も多かった。


 往来を歩く彼ら・彼女らが向かう先は、街の北側郊外にある三つの闘技場である。


 友の森に埋まるようにそびえるそれらには、神木ラシアが建材として使用されており、どれほど巨大ロボや魔獣が暴れたところでビクともしない強固さを誇る。


 観客たちは、パンフレットを片手に、好みの闘技場に入っていく。


 円形の闘技場は、喧騒に包まれている。段々畑のような観客席からは、並々ならぬ熱気が放射されていた。


 ※


「皆さーん。本日は、二回戦の開催日ですよー」


 間延びした声に、観客たちは雄叫びを上げる。


 次元決闘のアイドル的立ち位置にいる『桃毛のクク』が、実況を務めるせいか第一闘技場の客層は男性が多いようだ。


 そんな、浮ついた周囲を尻目に、闘技フィールドに立ち尽くす次元決闘者たちは、不撓不屈の闘志を持って眼前の敵と相対していた。


 片や、我らがエンチャント・ボイス所属の次元決闘者三名。


 もう一方は、オールワールドフェスティバルに毎回出場を決めているエゴ株式会社所属の次元決闘者三名だ。


 闘技場は、赤土が敷かれていた。俯瞰してみれば、二重丸のような形状。真ん中の丸が闘技スペースで、その周辺を段々畑のような観客席が囲む。闘技スペースは、巨大ロボットや魔獣が戦えるようにかなりの広さがあるため、狭苦しさは感じられない。


 闘技場としては、オーソドックスな形状だが、フィールドギミックとして所々に小規模な沼が点在している。


 桃毛のククは、赤いほっぺをフニフニと動かすように喋った。


「二回戦は一回戦と違って―、チーム戦で決着をつけてもらいます。チームメイトと一緒に戦うなんてワックワクって感じぃ? フィールドの沼は、底なし沼なので落ちたら大変だから気を付けてぇ。ルールは、次元決闘おなじみのスリータイム制です。


 ファーストタイムは、近接武器、小火器、初級魔法といったものしか使えませーん。でも、セカンドタイムに移行すれば、特殊武器、重火器、中級魔法が、ファイナルタイムでは巨大兵器や上級魔法といった規格外の力を使えまーす。


 三分経過したら次のタイムに移行。ファイナルタイムになったら、時間は関係なくなるので、思う存分力を振るってください。相手を降参させるか、戦闘不能に追い込めば勝利。


 皆さーんの健闘をお祈りしてまーす。試合は五分後に開催するので、選手の皆さんは準備をしっかりしてから参加してくださいねー」


 会場から選手を応援する声が響き渡る。


 選手面々は、手を振って声援に応えていたが、ただ一人護だけは、硬い表情を崩さぬまま己が対戦相手にのみ熱い視線を注ぐ。


「魔道の天才シルベ、剛山崩しのバダ、空の女王シック。油断ならない相手っす。カルフレア先輩、マリアさん、ヒューリ先輩の分まで僕が頑張ります。だから、どうかお力添えを」


 護の顔は青白い。手は固く拳を握り、カタカタと体は震えている。


 誰がどう見ても緊張に震えている護に、近寄る男が一人。


「かったいねえ、お利口な後輩君」


 試合前とは思えぬほどの軽やかな口調。これは、エンチャント・ボイスの最古参である間藤 カルフレアのものだ。


 エーア人とアース人とのハーフである彼は、長身で日に焼けた肌を持つ色男である。耳が長く、笑うと白い歯がトレードマーク。真っ赤なパンツに漆黒のノースリーブ、そして太陽に映える白いスーツジャケットが彼のファッション流儀だ。


 無類の女好きで酒に溺れやすい。だが、面倒見の良さには定評がある。


 情に厚き伊達男は、どこか憎めない笑みを浮かべながら、護の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


「お前の気持ちはよっくわかるよ。自分を庇って怪我をしたヒューリのために下手なことはできないってね。けど、お前、戦いに行くのに、随分余分なこと考えんのな」


「どういう、ことですか?」


 余分なこと……。そのセリフに、護の眉根が寄った。


 クスリ、とした笑み。これは後方で控えていたマリアから零れたものだ。


「どうもこうもないですわ。良いこと? 戦いに勝つには、戦いに集中しなければならない。誰でも知っている理屈ですわ。なのに、あなたときたらヒューリのために、ヒューリのためにーって。それでは集中力が乱れて負けますわよ」


 護は、マリアへ視線を投げた。――が、すぐにねじ切れんばかりの勢いで明後日の方向を向く。


 マリアは、ゴスロリじみたメイド服を着ている。これはいつも通りだが、今日はセクシーすぎた。脇や胸元に大胆な切れ込みが入っており、彼女が動く度に、艶めかしく白き陶磁器の肌が強調された。


 カルフレアは、鼻を膨らませ、視線をがっちり胸元へロックオン。マリアの瞳が冷ややかな色を帯びるが、それで怯む男ではない。構わずに熱い視線を送り続けた。


「そう、マリアちゃん。まさにその通りさ。あ! その角度良い。チィ、照れないでよ。……何だっけ? あー……そうそう、想いがあるのは大事だ。けど、それに囚われて肝心の戦いがお留守になったら情けない。気負わず、適度にゆとりを持つことが、戦いで力を出すコツってね」


 カルフレアは、白い歯を輝かせた。


 好色だが、不思議と青空のような爽やかさが同居した男。護にとって、カルフレアは二面性を感じさせる先輩であった。


 護は、拗ねたように唇を尖らす。


「分かりましたよ。ともかく、この戦いはヒューリ先輩を抜きに考えても絶対に負けられないっすよ」


「言わずとも分かってますわ」


「ええ? 二人とも真面目過ぎでウケルんですけど。ま、仕事をこなせば小鞠ちゃんが喜んでくれるし、デートしてくれるかもだし、俺も頑張っちゃおう」 


「それはないっすね」


「ありえないですわ」


「二人とも息ピッタリで先輩は嬉しいぞう。でも、もうちょっと優しくしてほしいかな」 


 護は、思わず笑ってしまった。と、同時に肩の力が抜けていることに気付く。


(まったく敵わないな)


 護は、カルフレアに舌を巻く。


 ――フウ、会場の様子を確認しよう。


 護は、視野が広くなった目で周囲を見渡した。


 会場は天井がないタイプの闘技場で、陽光が柔らかく降り注ぐ。フワリと吹く風は心地良く、エーアは過ごしやすい気候なのだろうと察しがついた。


 ――ああ、しかし。過ごしやすくても今日ばかりは暑い。熱狂した観客たちの発する熱は、まるで焔のようだ。


 護は、深くため息を吐く。


(こんなことにも気付けなかったなんて。どれだけ精神的に余裕を失っていたんだ。……いや、反省は後で。まずは勝利を)


 深く息を吸って吐く。今度は落胆からくるものではない。


 呼吸を繰り出すごとに、意識を戦士のものへと作り変える。


 一つ、二つ、そして三つ目の呼吸で、護は胸元のペンダントを握った。その瞬間、魔石に封じられた妖力があふれ出し、自らの体を包み込む。


 妖力は、高濃度の状態で圧縮すると物質化する特性がある。紫紺のオーラは渦を巻き、徐々に形を成していく。


 手にはランスと大盾を。


 全身に白銀の鎧を。


 騎士に似た、いや騎士そのものになった護は、精悍な顔つきで槍を構えた。


 彼の隣には銃剣付のライフルを手にしたカルフレアと、無骨な魔法の杖を握るマリアがいる。


「皆、戦闘準備できたわね」


 耳のインカムから小鞠の声が聞こえた。少し弾むような声。もしや、と思った護は、期待を込めて問うた。


「社長、先輩の様子は」


「ついさっき目が覚めたわ。ほら、ヒューリ」


 インカムから音が絶える。その数秒後、歯切れの悪そうな声がマイクから届く。


「お、おう。お前ら、その……心配かけた」


「先輩、良かった!」


「特に心配していませんわ、どうでもいい」


「出来損ないの後輩君、ダッセ」


「おい、ボケ二人は後で覚えてろ。……あー、お前ら、何かあったら俺がすぐに交代してやるから、ほどほどに頑張れよ」


 フフ、と三人の口から笑い声が零れた。


「先輩の出る幕はないと思います。いいから見ていてください」


「……おう」


 護は、正面を見据える。精悍な顔つきはそのままに、口元には笑みを湛えて。


 相対するは、歴戦の次元闘技者。発せられる闘志は、目に見えぬくせに息苦しさを感じるほど重く鋭い。


 標高の高い山を麓から仰ぎ見ているような感覚に、体は身震いする。だが、それでもなお護は笑みを消さなかった。


 ――正直怖い。しかし、それを乗り越えて立ち向かうのが次元決闘者だと思う。強敵を前に一歩も引かないヒューリの背中が思い浮かんだ。

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