二箱目
一本目 帰り道の、ラッキーストライク・ライト・ボックス
マイナーってほどではないけれど、売っている場所が限られている銘柄ってのがあって、もし、それが気に入ってしまったら、ちょっと面倒くさいことになる。
しかし、ある意味、人生と引き換えに煙草を呑んでいるのだから、その程度の手間は仕方がない。諦めるしかない、とも言える。というわけで、自分はその銘柄が売っているコンビニに寄る。
たとえそれが、普段より少し遠回りだとしても、それをしてしまう。それが喫煙者というものだ。阿呆の極みだよな。
「えーっと……152番を一つください」
「152……こちらでよろしいですか?」
見間違えようがない、的を模したと思われる赤い丸。ただ、ひとつ気をつけないといけないのは、ラッキーストライク・FK・ボックスと間違えないようにしなければならない。
時々、重いのが吸いたくなる時以外は、朝起きられなくなるからライトくらいがちょうど良いんだ、自分には。
「これで」
「六百円です。……こちらのボタンをお願いします」
どう見ても二十歳を越えているんだが、これも時代なんだろうな。責任を客側にしないと店は煙草を売れない。言われた通り、ボタンを押して金を払う。
店を出て、フィルムを剥がす。周りに誰もいないことを確認して、さっき買った煙草を開けて一本取り出す。ポケットから、マッチを出して火をつける。一口吸い込んむ……美味い。何度吸っても、何度でも美味いと思える。
ある意味、ビール呑みの連中の、最初の一杯に近いものがあるのかもしれない。自分は酒を一切飲まないから、そういうのは知ったこっちゃないが、なぜか、煙草より酒の方が良い、という風潮があるから、そんな例えだったらより分かりやすいんじゃないかと思ったってわけ。
煙草を吸いながら考える。一箱六百円だったから、割る二十本で一本三十円。でも、失われる健康その他は三十円どころではないだろう。
しかし、だ。人生をコストに置き換えだすと、最終的にはもう死ぬしかなくなる気がしている。置き換えたり、比喩を言うことなんて小説の中だけで十分なのだ。
煙草を吸いながら考える。今日も一日、本当に糞だったな。生きるためには金が必要で、そのための手段として仕事がある。
午後イチの会議で、上司が自分含む部下を怒鳴り散らしていた。自分はもう途中でなんだか醒めていて、早く終わってくれないかな、とかさっさと煙草を吸いたいな、とか考えていたのだが、そんな自分の態度を知ってか知らずか、上司はさらにエキサイトし出した。
自分はそういう連中のことをエキサイト・ボーヤと呼ぶことにしている。今の会社は三社目だが、どこの会社にも不思議とエキサイト・ボーヤってのは存在するものなんだ。
途中、その上司(課長)の更に上司(部長)が入ってきて、エキサイトしているところを見た部長が怒り狂っていた。エキサイト・ボーヤの親玉、というわけだ。
煙草の、フルフレーバー、ミディアム、ライト、スーパーライト……と言った具合だ。ただ、部長は我々には優しかった。これもある意味、笑える話ではある。だって、そのことによって課長は不機嫌になるわけだから、またループというわけだ。
当たり前だが、会社の連中と全員仲良くなるなんてことは不可能だ。社会、というか人が集まると当然、自分のことを気に入らない人間が出てくる。
そんなことは小学校一年の時にはもう知っていた。学生だったらそういう人間とは関わり合いにならないというのは可能だが、社会人には不可能である。だからこそ、自分の中で距離を作って置いておくしかない。
煙草を吸う、周りに広がる煙のバリア。そんな感じだ。
そんなことを思いながら、一本目の煙草を消す。もう一度周りを見るが、人はいない。遠くに見えるマンションや一軒家には暖かそうな灯りが点いている。もう夜だ。夜、しかも仕事終わりに吸う煙草ってなんでこんなに美味いんだろうか。
昼間や、休みの時とは明らかに違う味がするものだ。一日の終わりにピリオドを打つみたいな気分になるから、だろうか? いや、そんな格好良いものじゃないだろうな。
もう一本取り出して、二本目の煙草に火をつける。明日になれば、皆、今日のことなんて無かったみたいに振る舞うだろう。今日のストレスだかイライラだか、そんなものは今日のうちに消化する。そして新しい明日に向かう。
でも、心の中には消化しきれないものが残る。間違いなく。そんなに簡単に、割り切れるものばかりじゃない。当たり前だ。だからこそ、この煙草みたいに幸運に大当たりすることを期待するんだ。
その大当たりが自分の人生にどうプラスになるのかは知らない。自分で考えてくれよ。
煙草を吸う。ひたすらに。吸い終わる頃には、多少、気分も晴れている。吸い殻を、灰皿に落とすと、今日やるべきことはもうアパートに向かって歩くだけだ。
もちろん、帰っても誰もいない。だけど、そこには自分の場所がある。このコンビニのこの喫煙所だって、ある意味自分の場所だ。考えようによっては、あの忌々しい会社だってそうだろう。……とりあえず、いまのところは。
手元の煙草に目を落として、碌でもない警告文を読む。そして、再三周りを見渡して、まだ誰もいないことを確認する。
煙草を一本、取り出して、火をつける。吸い過ぎだが、今日くらいかまわない。まだ今日は火曜日だ。土曜日は遠い。だけど、なんだかんだ、やっていけるだろう。この煙草を吸っていると、そう思えるんだ。
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