二本目 約束された青、ピース・スーパーライト・ボックス
若い頃はこうだったとか、ああだったとか、……不思議と、人は誰も歳をとると昔を振り返りたくなるものだ。
二十代の後半くらいから、ティーン・エイジャーの頃を時々懐かしんでいたものだし、三十代になると、十年前が懐かしくなる。そして今、僕は四十手前で、三十代の頃が懐かしくなっている。
それでも時々、古い本に栞が挟まれているかの如く、十代や二十代の頃も思い出すことがある。まあ、俗に言うセンチメンタルって奴だ。こればっかりはどうしようもない。だって、僕たちは記憶を持って生きているんだから。
それで最初の話につながるわけだけれど、若い頃は時間は無限か、それに近いものだと思っていた。ところが歳を重ねるたびに、そうじゃないんだ、ってことを実感する。
年齢が増えていくたびに、残りの時間が少なくなっていくんだ。
例えば七十歳まで生きれたとしよう。二十歳ならあと五十年あるが、四十歳ならあと三十年しかない。
もっと簡単なことがある。例えば、次の日になっても疲れが取れない。体力が落ちている。そして、時々買っていた両切ピースや、ロング・ピースなんかを、とてもじゃないが吸いきれなくなった時。
僕は若さを失っているんだ、単純に。
喫煙席のある、チェーン店のカフェの2階席。こうやってピース・スーパーライトを吸いながら、窓の外を眺める。そう言えば、僕が高校生の頃、こうやって駅近くのファストフードのチェーン店の二階席から、街ゆく人を眺めていたことがある。
あの頃は十六、七歳だったわけだから、もうすぐ四十の僕からしたら二十三、四年前になるわけだ。もちろんあの頃は煙草なんてなかったんだけれど、それでもなんとかやっていたわけだ。
ところが今はどうだろうか。長年、吸い続けているこの煙草だけれど、吸わなかった人生、というのも考えてみてもいいじゃないか。こんな時くらいは。
……なんでこんなことを考え出したのか。よくある、煙草をやめると金がいくら溜まって、どのくらい健康になる、とかそういう禁煙のためのものを、来る途中で少し読んでしまったからかもしれない。
煙草は自分の人生に必要だと思っていた。思っていたのだけれども。
昔から吸っている……いや、最初に吸った煙草もこれだった。当時からある銘柄は結構、生産中止になったり、意味不明な名前に変わったり、違う銘柄なのに同じ銘柄になってしまったりしているが、
この銘柄は、幸か不幸かずっと同じ名前のままだ。でもデザインは結構変わってしまっている。警告文が大きくなるのは仕方ないと思うが、それに合わせるようにデザインが変わってしまうのは何とも解せない。
一番最初に吸った時のデザイン、まあそれはこの銘柄が発売した時のデザインじゃなくて、一回変わっているんだけど、それが一番良かったな。
まあ、こんなこと言ったって何にもなりゃしない。これだってノスタルジィでしかない。それより、加熱式煙草銘柄がコンビニや煙草屋の棚を埋めつつある中、今も残っていることに感謝するべきなんだろう。
そう考えていくと、銘柄とは一体、誰のものなのだろうか? まあメーカーのもの、という言い方はできるかもしれない。しかし、いくらそうだとしても、顧客が……つまり、僕のような、ということだが、顧客が買わなければ商売は成立しない。
事実、ピースだって、ピース・ミディアム・ボックスや、ピース・アコースティックという銘柄があったのだが、生産中止となってしまった。
バニラ香料を使っていない、アコースティックはピースシリーズとしては異色だったが、悪くはなかった。
それに、今となっては重すぎるロング・ピースとピース・ライトの間を埋めるピース・ミディアムは重宝していたのだが、もし、僕がスーパーライトじゃなくてミディアムをメインで吸っていたとしても、多分、どこかで生産中止になっていただろう。
そう考えていくと、やっぱり銘柄はメーカーの気分次第、ってことなんだろうな。そんなこと、チェリーやゴールデンバットが生産中止になった時点でわかっていることだよな。
三本ほど吸った。ここまでくると、吸っている、というよりも処理していると言った方が近くなってくる。
でもこういう場所で煙草を吸うってこと自体があまりない昨今、どうしても吸わなければ損だと思ってしまうんだ。馬鹿な話だとはわかっているんだが、こういうところで吸う煙草ってのはやっぱり良いんだよ。
でも……。最初に煙草を買った時。当時、自動販売機で買って、隣にある灰皿で吸った時。
あれにかなう喫煙体験なんてないんだよ。
青いパッケージと鳩は、いつもここにある。だけど、僕は、もしかしたら、違うのかもしれない。
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