十五本目 濃い緑色、クール・マイルド・ボックス

 会社の喫煙所は最先端、ということで加熱式煙草とそれ以外で分けられている。


 自分の吸っている銘柄は紙巻き煙草なので、会社で唯一残された紙巻き煙草が吸える喫煙所で吸っている。……変な話だが、家では吸わない。会社でだけだ。


 それはきっと、会社でしか煙草を吸いたくなるほどの糞な出来事が起こらないから、って結論に尽きると思う。だって、学生の時は煙草なんて吸いたいとも思わなかったから。でもそれは少し変な話で、学生時代特有のストレスってものがあったはずなんだ。


 だから、ただ単純に今、煙草中毒ってだけな話ってことなんだと思う。紙巻煙草ってのは特に悪者扱いされる世の中だが、だからといって、加熱式みたいな格好悪いものは手に取りたくなかった。



「高いったって、そうでもないよ。良いライターを買ったとでも思えば良いんだよ」


 と、加熱式に変えた連中は言う。


「そうかもしれませんけど、そこまでして吸いたくないと言うか」


 彼はハハハッ、と笑う。


「俺も最初はそう思っていたよ、そこまでして吸わねーって。でもさ、気がついたら、もう辞めらんなくなっていたんだよ。灰は出ない、火は使わない、普通に捨てられる。こんなに快適なこと、なかなかないよ」


「まあ、気が向いたら、試してみます」


 だってさ、メーカーの回し者なのか、それとも純粋に好意から勧めてくれるのか。どちらにしても、余計なお世話だと思うよね。単純にさ、吸ってない時だって煙が出る、紙巻き煙草が好きなのさ。



 僕はいつもの喫煙所でまたこうやって火をつける。ライターを使うってのも好きだし、こうやって煙が出ていくのを見るのも好きだ。


 ……確かに、火を使って紙と煙草葉を燃やしているわけだから、匂いが出ないわけがない。そしてそれを吸っているんだ、身体に良いわけもない。


 だけど。


 ……美味いんだよね、とても。香りも良い。まあ、最近増えている無添加煙草とは違って、着香されたものなんだろうけれどさ。


 この時間、会社の喫煙所は静かだ。誰もいない、それでなくとも紙巻は(あるいは葉巻もかもしれないが)吸っている人が減っていんだ。無理も無い。しかし不思議と、最近は紙巻吸っている人がこの会社にもいるとわかってきたので、多少は嬉しさもある。


 彼女たちは(偶然かどうかは知らないが、どちらも女性だった)セーラム・ライトとJPSを吸っていた。


 話は変わるけれども、僕は銘柄の歴史が好きだ。クールを吸っているのもそれが理由なんだ。だって、一番最初のメンソール煙草なんだぜ? そりゃあ興味も出てくるって話だよな。


 しかし、一番最初のフィルター付きと言われるケントやパーラメントにはあまり興味がない。どうしてだろうか? まあ、単純にフィーリングってやつなのかもしれないな。


 とにかく、僕はクールが好きだ。FKも良いが、重すぎるし、ライトも悪くないけれど、軽すぎる。となると、マイルドが一番具合が良い。


 とは言っても、同じクールシリーズであった、ちょっと前にあった地名だか何だかを冠したよくわからないシリーズや、税制ですぐに廃れたリトルシガー、あるいはカプセル付きには一切興味がない。ただのクールが好きなのだ。


 新しい煙草を開ける時、ビニールを開けてから銀紙を引っ張る。そしてフィルターに鼻を近づけて香りを楽しむ。質の良い(もちろん想像だが)ミントとメンソールの香りと、煙草葉自体の香りがする。


 ……しかし、毎度思うことだが、どうもボックスから最初の一本を取り出す時は間抜けに感じる。ソフトパックなら様になるのだが、残念ながらクールのソフトパックは大昔にライトが、数年前にマイルドが、そしてその少し後にFKが廃止になって以来ボックスしかない。


 煙草の歴史を考えると、ボックスなんて糞食らえだし、ソフトパックの煙草さえ取り扱えないような馬鹿は煙草なんて吸わないでほしいと思うのだが、それはあくまで個人的意見でしかない。『申し訳ありませんが、煙草は遠慮してもらえませんか?』と同じ。もし、僕がそんなことを言われたら秒で消す。


 そもそも、どうしても、という場合を除いて(その例がこの会社の喫煙所というわけだ)、誰かと煙草を吸う、なんてことをした事がないんだ。だから、どういう行動をとったって問題はないと思う。


 火をつける。クールと言う煙草はブレンド的には純粋なアメリカンブレンドなんだと思う。ラッキーストライクのようにターキッシュがブレンドされているかどうかはわからないが(そもそも今もラッキーストライクにはターキッシュがブレンドされているのだろうか?)、日本の煙草とは違う随分と良い香りがする。


 そしてこれもまた不思議なのだけれど、マールボロやラッキーストライクのような所謂洋モクはすごく良い香りがするものなんだ。


 ここで一つ確認しておきたいことなのだけれど、僕は別に和モクを馬鹿にしているわけではない。ラム香料のハイライトや蜂蜜香料のホープとかは、洋モクとは違った種類だけれど良い香りがする。


 それにクールの一番の対抗銘柄と呼べるセーラムだって今は日本製だ。いつだったかに、日本の煙草会社がアメリカの会社からアメリカ国内以外の販売権を買ったとかなんとか。だから、今はウィンストンもキャメルもセーラムも国産煙草になっている。


 銘柄にもいろいろな歴史がある、というわけだ。そんなんだからもちろん、セーラムも何度か買った事がある。感想としては、アメリカ製造だったころのセーラムも吸ってみたかった、って感じかな。悪くはないけれど、僕はクールの方が好きだなって思った。


 とはいえ、メンソール煙草といえばマールボロ・メンソールシリーズになってしまっている(あるいは加熱式煙草のメンソール)現状を考えると、人気になるには純粋な味というより銘柄イメージの方が大事なのかもしれない。


 どちらにせよ、いずれ加熱式にすべて置き換わってしまうだろう。キセルやパイプをいつの間にか誰も使わなくなったのと同じように。そうなったら僕は煙草をやめるしかなくなるだろうな。


 煙を吐く。クールは、吐いた煙にだってメンソールが混じっている気がする。


 色々と考えたのだが、単純にこれが一番美味い。いつまでこいつと付き合えるのか知らないが、いつかくるであろう最後の一箱、最後の一本になるまでは、もう少しクールを吸っていたいと思った。


 この火だっていつかは終わる。でも、それを言い出したら誰の人生だって、あるいは他のなにかだってそうだろう。違うかい?


 こんなくだらないことにさえ結びついてしまうような、紙巻煙草が好きなのさ。

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