十四本目 漆黒と闇色、JPS

 煙草のパッケージって意味があるのかなって時々思うんだけれど、所謂男性向け、あるいは女性向けってのを多分、メーカーはパッケージで表しているんだろうな、って気がすることがある。


 例えば、今は少なくなったけれど、煙草の自動販売機で銘柄を眺める時、とか。明らかに、ターゲットを狭めて狙っているとしか思えない銘柄が、あったりした。軽い煙草はやたらとパッケージが白かったり、メンソールは緑だったり、とか。


 私は初めからこの煙草だったから、そういう論争とは無縁だと思っていたんだけれど、それでも時々、珍しいの吸っていますね、と言われることがある。そういうこと言うのは、大体は私より年下の紙巻きを吸っている男の子だったりするんだ。


 加熱式の人は、紙巻きを吸っている人に対して良い目をしてこないから、そもそも興味の対象外というわけ。



「お、珍しい」


 そんな声が聞こえたら無視するって訳にはいかない。


「どうも」


 なんてことはない、って感じの声で答えた。彼は意外そうな顔をして私をみて、隣に置いてある煙草の箱を見た。


「珍しいの吸っていますね」


「そう? コンビニでも売っていますよ、最近は」


「へえ、今度探してみます。JPSか……渋い」


 そう言って彼はクール・マイルドを取り出して火をつける。ゆっくりと吸い込んでから、煙を吐く。なかなか美味そうに吸うし、多分、クールスモーキングができるタイプの人なんだろうな、って気がした。その人の吸い方から。クールスモーキングなんて、もうほとんど聞かない言葉になってしまっているよな。


「どうして、我々はこうやって煙草を吸ってしまうんでしょうね。金も時間も使って。それに健康も失っていますよね」


「……どうしたの、突然」


 彼は無意識でそんなことを言っていたらしく、苦笑いを浮かべて私を見る。いや、君は確実に私に言っていたよ。私に、言いたいことを。それは多分君の本音なんだよ。


「……すみません、どうして自分は煙草を吸っているんだろうって思って。なんとなく、聞いても大丈夫そうな雰囲気があったので」


 雰囲気、ねぇ。私はそう言ったなんとなくの空気って好きじゃない。空気を読む、とか察してくれ的雰囲気とか。ふざけんな、と思う。言いたいことがあるならはっきり言えよ、と。


 ついでに、煙草を吸っても良いだろうっていう傲慢な喫煙者たちの空気、とかも。もっとも、こんなことを喫煙者の私が言っても説得力も糞もないのだけれど。……数は少ないかもしれないけれど、マナーの良い喫煙者でありたい、少なくとも私は。


「好きだから」


「え?」


「私は、この煙草が好きだから吸っている。それ以外ないよ」


「……では、好きな理由は?」


「味」


「パッケージとか、由来とか、伝説とかは? 黒と金の渋いパッケージじゃないですか。昔から、警告文以外デザインも変わっていない。ソフトパックが無くなったのは、残念ですけれど」


「パッケージも由来も何だって良いし、もしボックスがなくてソフトパックしかなかったとしても同じだよ。伝説って一体なに?」


「モータースポーツでのサーキットに看板があったとか、速かったレーサーが乗っていたマシンの、印象的なスポンサーだった、とか」


「へえ。知らなかったよ。帰ったら検索してみる」


「なかなか面白いですよ。煙草の銘柄にも歴史がある感じで」


「じゃあ、最近の銘柄、ほら、テリアとかセンティアとかもいつか歴史になるのかな」


「どうでしょう、時代が違いますからね。昔の銘柄は、例えばキャメルとか、ゴールデンバットとかは、古い小説にもよく出てきますよね。でも、今の加熱式煙草を小説に出そうと思ったら説明文が必要になりますからね。なんとかという充電式のデバイスがあって、それに煙草みたいなものを差し込んで加熱して云々、とかなんとか。文学的とはとても言えない気がする」


 私はいつも、フィルター手前にある銘柄のスタンプが押されている直前で煙草を消すことにしている。今もその例によってそこで消してまた箱から取り出す。そして火をつける。


「好きなの? そういう話」


「好きです。煙草の由来とか、歴史とか。どうしてか、そういうものに強く惹かれるんですよ。知っていますか? 僕のこのクールは、一番最初のメンソール煙草だって言われているんですよ。すごくないですか? そういう歴史を呑めるって」


「……考えたことも、なかったよ」


「ちなみにJPSってのは、ジョン・プレイヤー・スペシャルの略ですよ」


 私は微笑む。


「それは知っているよ、流石にね」


「……知っていましたか」


 彼はクールの煙を吐く。そしてまた、とても美味そうに煙草を吸う。


「いけない、もうこんな時間だ。じゃあ、また」


 そう言って彼は出て行った。私は、彼に言われて確かにそうかもしれない、と思ったけれど、でも、積み重ねてきたものも、結局は煙になってしまうのかもしれない、とも思った。人が死んだら(私だっていつかは死ぬ、それは当たり前のことだ)、多分、煙になる。私の唇に挟まれた煙草みたいに。


 煙草は相変わらず美味しい。偉い人たちはそれは中毒性のある薬物のせいだって言う。本当は味なんて関係ないんだ、と。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、私は単純にこの煙草が好きなんだ。


 いつまで吸うのか、吸えるのかはわかならい。次に付き合う男は女の人が煙草を吸うのを嫌がるかもしれないし、私自身が煙草に対してうんざりするかもしれない。先のことはわからない。何一つ。


 だけど、今はまだ、もう少し煙草を吸っていたかった。この漆黒と金のパッケージの、歴史だか由来だがとにかく能書がたくさんある、この煙草を。

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