十本目 消えていく、ジタン・カポラル
煙草には不思議な魅力がある(と僕は思っている)。それが火を使うからなのか、煙を出すからなのか、それとも最後は灰になるから、なのか。
それとも、純粋にタールとニコチンによるものなのかはわからないけれど、とにかく。そして、それに賛同してくれる人は多いと思う。だけど、それに反対する人も多いだろうな、とも思ったりする。
僕はモータースポーツが好きだったから、煙草に興味を持ったのは、どうしてもそこから、というのが大きい。そう考えると、モータースポーツに煙草広告規制が入ったのも頷ける。
しかし、ロスマンズやJPS、ゴロワーズやジタン、あるいはマールボロのロゴとマシンが一体になったあの感じ、やっぱり格好良いと思っていたんだ。悪いものとは知っている、それでも。
そんなことがあったから、煙草は自分にとってある意味、身近なものだった。
僕が煙草を吸える年齢になった時、すでにロスマンズ・キングサイズは廃番になっており、かといって、変にこだわりのある僕は所謂普通に買える銘柄であるマールボロやJPSを買う気はなかった(マールボロに比べるとJPSはどこでも買える、というわけでもないが)。
これだって、今から考えると若い、というより他はない。だって、他人と違うものを持つことが個性だというのなら、そもそも自分というものをもっているのは自分しかいない訳で、だとしたら個性とは何か、ということになるはずだ。
そんな単純なことも見えない、わからないくらい若かった、というわけだ。笑える話ではあるが、若さなんてそんなものだろう。
それはともかく、僕はいくつか煙草屋をめぐり、ついに大きい煙草屋でようやくジタンを買った。
当時はまだ、ジタン・ブロンド・100‘sという銘柄もライセンス生産されていたのだが(もちろんそっちも何度か買ったことがある。
黒煙草ではなく、普通の黄色種だが、コクがありこれはこれで結構美味かった記憶がある)、僕はオリジナルのジタンが欲しかったのだ(ちなみにジタン・ブロンドというのはマールボロに代表されるアメリカン・ブレンドの煙草である。ジタンやゴロワーズはかなり癖のある味で、それのブレンドを変更し、より一般的に仕上げたのがジタン・ブロンドやゴロワーズ・ブロンドという煙草なのだ。言ってみれば、アメリカ煙草であるそれらに対抗する銘柄と呼べるだろう。キャビンが、ラークをライバルとして捉えて発売されたように)。
ようやく手に入れたそれは、短くて平べったくて美しい水色のパッケージに入っていた。長さはレギュラーサイズ、ショート・ホープやショート・ピースと同じ長さだ。
キャラメルのハイソフトの様なパッケージで、スライドすると十本が二列に、綺麗に並んだシガレットが顔を出す。裏返すと、表面に描かれている女性はいない。煙のように消えている。なんて素晴らしいデザインなんだ、と思ったものだ。そして今でも、それ以上に美しいデザインの煙草は存在しないと思っている。
しばらくすると、メーカー合併等のごたごたがあり、美しい水色のパッケージは濃い青に変わってしまった。裏面をひっくり返しても、表と同じパッケージがあるだけ。
個人的には、それはそれで悪くはなかったけれども、誰が何と言おうとジタンはあの水色のパッケージが好きだったんだ、僕は。煙草メーカーにとって、銘柄のデザインってなんなんだろう……とも思った瞬間だった。
とはいえ、僕は常にその銘柄を吸っていたわけでもない。なにせ売っているところが限られているし、僕は一つの銘柄を吸い続けるということができない人間だったから。
そういう人間は浮気性、というのを聞いたことがあるけれど、それはあまりあてにならないと思う。なぜなら、僕は煙草以外に浮気なんてしたことがないからだ。
とにかく、それでも僕は時々ジタン・カポラルを吸っていた。しかし、数年前にスライドボックスをやめて、普通の煙草のようなボックスに変わったのを知ったのも、随分後のことだった。
あるいは、僕の買ったタイミングがたまたま古いパッケージがまだ残っていた時だったのかもしれない。何せ癖が強いんだ。そんなに売れているとはとても思えない。
そして今年(2022年)、販売元が日本から撤退するとのことで、ゴロワーズと共に日本では廃番になる。
残念か? といえば残念かもしれないけれど、この年になると、どんなものだっていつかはなくなるんだ、という思いしかないから、残念ってのとはちょっと違う。
いつか来るだろうと思っていたことが、ついにきたというだけだ。それでも、心にぽっかりと穴が空いたような気がしていたものだ。つまり、単純にショックだった、ということなんだろうな。
よく、無くなると決まると急いで大量の在庫を抱える人がいるけれど、なくなってしまうものを抱え込んでも、いつかがちょっと遠くなるだけなのだ。だとしたら、僕はそんなことはせずに、ただ、時々思い出すだけで良いと思うんだ。こういうパッケージで、水色、あるいは濃い青で、癖のある味で……と。
これから先の未来、『どうして煙草なんて吸っていたのかな……』なんて、思う日がくるかもしれない。それでもいい。僕が、それが好きだったのは事実なのだ。一つでも、それを持って生きていけたら、多分、人生はハッピー・エンドで終われるんじゃないかな。少なくとも、僕はそう思う。
これから先、間違いなく煙草は今よりずっと悪者になるだろう。加熱式とか言う笑えるものだって絶対に体に悪いもののはずだ。だけれど、それでもいいと思える自分もいる。それと、自分の持っているものとは、やっぱり別物なんだよ。
そして、どっちが大事かなんて、考えなくてもわかるものなんだ。そうだろう? 何が言いたいかって言うと、こっちは命をかけて吸っているんだよ。簡単に廃止になんてするんじゃないよ、ってこと。それだけ。
最後の一本に今、火をつけた。ジタン・カポラルの煙、味、吸ってきた年月。
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