十一本目 伝説未満、ジョーカー(ジョーカー・カオス)
もうとっくに無くなっている煙草なのだが、いまだに、時々、問い合わせを受けることがある銘柄がある。それがジョーカーって煙草だ。ある意味、伝説の。
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが、ジョーカーって煙草ありますか?」
「ジョーカーですか? ジョーカー・カオスって銘柄なら在庫ありますけど、これではないんですね?」
そう言って、ジョーカー・カオスを棚から取り出してみる。
「ああ、それじゃなくて、古いジョーカーって銘柄なんですよ。ジョーカーって沢山書いてあるパッケージで……」
「……古いのは、ないですね。ジョーカー・カオスだけです」
「やっぱり、もうないですよね。もう流石にどこにもないだろうなぁ。念の為、聞いてみたかったんです。……代わりといっちゃなんですが、ショート・ピースを二箱ください」
そんな具合で、煙草屋で働いていると問い合わせを受ける銘柄ってのが存在する。例えば、スモーキン・ジョーだったりチェだったり、プエブロだったりと、コンビニにはあまり置いてない銘柄が多いわけだが、とっくに生産中止になっている銘柄で、時々でも問い合わせを受ける銘柄はやっぱりジョーカーという銘柄だけだ。
色褪せた、随分昔のカタログを見ると、名前はジョーカーと書いてあり、長さは百二十ミリメートルとなっている。百二十ミリ、というと十二センチか。煙草にしては長すぎるような気もするが。
「店長、ちょっと聞いても良いですか? ジョーカーって銘柄なんですけど」
「あ? ジョーカー? 随分懐かしい名前だな」
「はい。時々、聞かれるんすよ」
酒屋だから酒がメインだけれど、かなりマニアックな煙草も売っている店でバイトし始めて半年、結構客が来て忙しいんだが、たまに訪れる空白のような時間で、葉巻を燻らす彼に聞いてみた。
しかし、いくら煙草屋だからってカウンターで葉巻を吸わないで欲しいもんだが、彼は店長というかオーナーというか、とにかくこの店舗が入っているビルの持ち主らしいので、文句は言えたもんじゃない。
傍から見ると世間知らずのまま年を取ったじいさんなんだが、この客の入りを考えると、センスと商才はあったんだろうと思う。もっとも、ただのアルバイトである俺がこんなこと言える立場では全くないんだけれどね。
「ジョーカーねぇ……そこにあるジョーカー・カオスじゃ駄目なのか?」
「今日来たお客さんは味が違うって言ってましたね」
「まあ、違うだろうよ。今となっては、ライセンス生産されていた国産のマールボロを求めるようなものだからな。というか、モアじゃ駄目か? あ、モアももうねーや。紙巻きのことは正直、よく覚えてないんだよな。モアも、ロスマンズもいつの間にかなくなったな」
「モア? モアってなんですか?」
「そーか、モアも知らねーか……」
彼はコイーバという葉巻を燻らせている。最初は戸惑ったが、結構良い匂いがする。葉巻ってのも不思議なもんだ。ただ吸っているだけのような気がするが、彼を見ていると、吸うための手間も結構あるんだと思える。あの一連の流れを面倒だと思わない人は葉巻なんて手を出せないだろうな。
「ちょっと待っててくれ……」
と言って彼は店のパソコンで何かを調べている。
「あ、ジョーカーが廃止になったって言うか、注文できなくなったのが二千一年で、モアは二千五年だってよ。もうそんなに前かよ……十五年から二十年くらいたっているわけだ」
「へえ、そんなに前の煙草を探している人がいまだにいるんですか。そんなに好きになるものなんですね、煙草って」
「ああ……いまだにアメリカ製のキャメルを探している奴もいるくらいだからね、なんとか個人で輸入しようとしたりさ。喫煙者なんてみんな病気だよ。……俺も含めてさ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だいたいアメリカ製のキャメル、そしてジョーカーやモアがもし、今当時のものが手に入ったとしても絶対に吸えないだろう? いくら紙巻きだって言ったって二十年だぞ? そんなのはとてもじゃないが吸う気にならないね。でも探してしまう。やっぱり、ある意味伝説だから、だろうな。何とも言えない魅力ってものがあるんだろうよ」
「へえ。なんだかそんな話を聞いていると、俺も煙草に興味が出てきちゃいますよ。もし、俺が煙草を吸いたいって言ったら、何をお勧めします?」
彼は葉巻を灰皿に置いて、じっくりと俺の顔を見る。
「ああ、お前さん煙草吸わないんだっけ。道理で」
「わかりますか?」
「わかるよ。煙草なんか吸うとその綺麗な肌もなくなる。俺みたいに煙草の匂いがまとわりついてくる。一本吸うと、大体は一箱二十本入っているから、もったいないって最後まで吸う。そうするとまた新しい煙草を買いに行っている。喫煙者の出来上がりだ」
「……そういうもんですか」
「ま、お前さんもここで働いているってことは、ある意味同罪になるのかもしれんな。……別に悪気があって言ってんじゃないぜ。ただ、そういう考え方もあるってことだ。確かに、煙草は体に悪い。葉巻もだな。最近よく売れる加熱式だってそうだ。でも、中毒とは別に、確実に魅力はある。それは間違いないはずだ」
「……」
そこまで話したところでお客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませ……ほら、お客さんだ」
「はい」
何気ない会話から、よくわからない方向に進んでしまった。このじいさんは、少なくとも煙草を売るってことを真剣に考えているみたいだ。酒や煙草、どっちも人生にとっては毒かもしれないけれど、薬だってある意味毒って考えると、どっちも結局似たようなものなのかもしれない。
「お疲れさまでした」
「お疲れさん」
「あの」
「どうした?」
「ジョーカー・カオス一つください」
店長は笑みを浮かべた。
「ライターは?」
「それも、ひとつ」
店を出る。家に帰って、封を切って、ベランダに出て火をつけたところで、灰皿がないことに気が付いた。しかたなく、使っていない皿を灰皿代わりに使うことにする。初めて吸った煙草は、美味くもまずくもなく、ただ、単純に煙を吸っているってそれだけだった。
「ジョーカー」
意味もなく銘柄を呟く。ジョーカー、俺の人生にそんなものあっただろうか?
こんなことしたくらいで、俺の中で何かが変わるのだろうか?
いや、何も変わらない。今までだってそうだった、これからもきっとそうだろう。煙草が燃え尽きる間(あと何回吸えばいいんだろうか?)、今までとこれからについて考えてみることにした。
煙草が燃え尽きるまではまだ、時間がある。なんせ百二十ミリの長さだ。ちょっとやそっとでは終わらない。俺の人生もそうであってほしい。この先に、何が待っていようとも。
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