七本目 軽さと重さの、セブンスター・10・ボックス

 長年煙草を吸っていると、銘柄の名前が変わるってことがある。だからと言って別に、メーカーがその銘柄に愛着を持っていない、なんて思うことはない。むしろ、名称変更による売り上げ増や取り扱うところが増えるってこともあり得るだろう。


 しかし、その名称変更ってのは銘柄にもよるのも事実だ。ハイライトや、オリジナルのピースなんかは変わっていないし、何ならセブンスターだってフルフレーバーのセブンスターとボックスは変わっていない。


 だけど、例えば、マイルドセブンはメビウスになったし(意味が分からん変更だ。吸っていた人は納得したのだろうか?)、キャスターとキャビンはウィンストンになっちまった(こちらはもう意味が分からんとかいう次元じゃない。ウィンストンはウィンストンで、キャスターとキャビンとは根本的に違うはずだ。ブレンドだって立ち位置だって)。


 和モクだけじゃない。洋モクだってひどいもんだ。マールボロ・ライトがマールボロ・ゴールドに(ゴールド……? 確かに吸っている連中は金マルって呼んでいたけれど)、フィリップモリスは青いラークに、だ(これは吸っていた人がよく激怒しなかったもんだ)。


 あとは、名前変更じゃないけれど、ケントはいつの間にか細い方がメインになってしまっているし、ラッキーストライクやキャメルは名前だけ同じな低価格帯が主になってしまった。(どうしてだ? 中身が全然違うのに……。結局、喫煙者は味じゃなくて価格で選んでいるってことか? それって、銘柄を吸う意味は? それとも、こんなことを考えている僕がおかしいのだろうか?)


 僕のこの煙草だってそうだ。吸い始めた瞬間はセブンスター・カスタムライト・ボックスだった。カスタムライトって名前が良かったんだよ。おそらく、ブレンドだって、フルフレーバーのセブンスターとは違うんだろうから、カスタムってのは言いえて妙じゃないか。


 オリジナルであるフルフレーバーからライトにするためにカスタムする、つまりカスタムライト。良い名前だ。ところが気が付いたらミディアムって名前になっていて、今じゃ10、ときたもんだ。セブンスター・10・ボックス。そんな名前あるか? しかもタールやニコチンの量は吸い方によって異なる、ときたもんだ。数字のマジックには本当、うんざりだ。その警告を信じれば10というのだってインチキじゃないか。


 もし、数字を表示するんなら、そもそもこの煙草がセブンスターって名前じゃおかしいんじゃないか? いつだったか、まだ警告文が少ないときに、暇つぶしに星の数を数えたことがある。その時はたしか三千いくつあったんだ。星が。だから、正確には三千幾つスター、が正解だろう。まあ、碌でもない僕の独り言だ。


 とまあいろいろとグダグダ言ってきたが、そんなことなんて本当にどうでもいいことなんだ。煙草のパッケージに書かれた警告文くらいどうでもいいことなんだ。一体誰が読む?


 僕はコンビニの外にある灰皿で、使い続けているイムコ・ジュニアを使って火をつける。屋外だから夏は暑いし、冬は寒い。春と秋はいい季節なんだけど、花粉がすごいんだ。だから、たかが煙草を吸うって行為だけど、結構苦労するんだぜ。


 だったら、煙草なんてやめろって思うかもしれない。仰る通り、たしかに煙草をやめるという選択は、正しい行為だと僕も思う。


 だけど。


 だけど、何も世の中は『正しさ』だけで進んでいるわけではない。


 僕ももう三十代も半ばで、人生を進めていくことの難しさや、自分自身を納得させる術を身に着けてきた(つもりだ)。


 そんなとき、いつも僕は煙草に火をつけていたような気がする。気に入っているイムコを使って火をつけて、煙を吐く。それだけで随分と救われたような気分になっていたんだ。


 こんな話をしているけれど、僕は喫煙を誰かに進めるつもりは毛頭なく、それどころか、もし『おすすめの銘柄は』なんて聞かれたとしても、「絶対に、絶対に吸うべきじゃない」って言う。間違いなく。実際、僕は会社でそう言い続けてきた。


 時々、『そんなこと言うあんたは、煙草が好きなんだろ』、って言われることもあった。


 確かに。好きだよ。好きか嫌いかで言ったら間違いなく好きだ。だからこそ、長年吸い続けているし、ライターもジッポーやコリブリ、ウィンドミルなんかも使ってきた。もちろん、マッチもね。でも、今はイムコ・ジュニアだ。シンプルで美しい。


 そんな僕だけれど、銘柄は最初からずっとこれ。セブンスターの10。昔は……って、これはさっきも言ったか。年を取ると、どうしても昔のことが懐かしくなるものでね。まあ、そりゃそうだよね。だって僕は今生きていて、生きているということは日々を過去にしていくことなんだからさ。どんなことだって思い出になってしまう。


 そこに、僕の場合はこの煙草があったってことを言いたいんだ。それだけさ。



 いつも人がいそうなコンビニでも、人が途切れる時間ってのがある。そして、不思議と、それはだいたい、いつも同じような時間なんだ。この店では、僕が煙草を吸う時間がだいたいそれなんだよな。


 中途半端な都市にあるコンビニだけれど、夜空を眺めながら煙草を吸っていると、だんだんと星が見えてくる。最初は見えないんだけれど、半分くらい吸うと、見え始めてきて、根元まで行く頃には驚くほどの星が見えている。いつもは一本しか吸わないんだけれど、今日はもっと星が見たくなって、二本目に火をつけた。


 大人になると、星を見る、って行為だって、煙草を吸うっていう理由が必要なんだ。大人になるって、いったいなんだろうな。なんかの役に立ってんだろうか? そんな考えを、煙と一緒に吐き出す。だって、そんなこと、考える必要もないじゃないか。


 ……煙草、美味い。何年も吸ってんのにな。不思議だ。きっと人生だって……。やめよう。煙草は短くなって、灰は勝手に落ちていく。最後、僕は煙草を灰皿で消して、手元のパッケージを見る。そこにも星がある。今は、まだ、夜空にも、手元にも。


 いつか、この星も無くなってしまうのだろうか? プレーン・パッケージのように? その日まで煙草を吸っているのかな。どうだろうか?


 星の数は、人生のように。

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