16.エピローグ

「リル」


 今日も聞き慣れた甘く優しい声が私の耳に届きます。

 彼は決して周りに人がいるときにそのように呼びませんし、人払いを済ませた後にしかこのような甘い声も出しません。


 何故ならば──。



「ふふ。可愛い顔をもっと見せて。その目でもっと私を見てよ。ねぇ、リル──」



 呼び掛けられるだけで、じわじわと瞳が潤んでしまうからです。

 あれから何年過ぎたでしょうか。

 いくつになっても泣き虫な私です。



「ほら、リル。僕だけの可愛いリル。こちらを向いて」



 顔を上げましても、陛下のお顔は霞んで見えなくなりました。

 視界が暗くなれば、もう懐かしい香りの中です。


 この香りをかつての私が知るはずはありません。

 だってあれは物語だったのですから。


 けれども何故か私はこの香りを嗅ぐととても懐かしく、胸が苦しくなって、また涙が溢れるのでした。


 もうすでに思い出せないところにある何かが、この香りに繋がっているのかは分かりません。

 今ではもう確かめようもないのです。



 だってすでにあの物語でさえも──。



「今日もいくら泣いてもいいよ、リル。私は泣いている君が大好きだからね──」



 ほとんど私の中から消えてしまいました。

 僕が覚えているからいいと陛下が仰いますので、私はもう思い出そうともしなくなっています。



 それでも不思議なことに、ほとんど記憶から失われてしまったあの物語を知っていたかつての私の残像が今日も語り掛けてくるのです。



 ────涙があなたの運命を動かしたんだわ。そんな物語をどこかで読んだ気がするわね。



 でもその先はいつまでも何も語ってくれないのでした。




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