番外編

番外編1.もう一人の迷い人は知らなかった

 我が国初の女性外交官。

 現国王が王子時代に発案されて整備された教育機関の成功をその人生で体現している女性。

 親を知らない孤児院育ちながら、努力を重ね、この国の歴史上最も出世した女性。

 同僚の男性たちには引けを取らず、それと同時に女性らしい新しい視点を持って、異国との交渉を円滑に行い、国を潤した凄腕の女性外交官。

 生まれに依らず性別に依らず能力を活かす道を示した民らの希望。


 これらはすべてこの国での私に対する評価です。



 と言いますと、清廉潔白でとってもお堅い女性を想像されるのではないかと思います。

 しかし私はそうお堅い人間ではありません。


 私生活は人に誇れるような状況ではありませんし、仕事だっていつも周りに助けられながら毎回なんとか乗り切っている状態です。

 私が持ち上げられているのは、政治的な理由から。

 それに人には言えない趣味もあります。



 その趣味が物語を書くことでした。



 孤児院育ちというのは本当で、幼い頃に両親を亡くし修道院に併設された孤児院で育ちました。

 その孤児院ではシスターが読み聞かせてくれる物語が大好きだったのです。

 すでにある本は何度繰り返し読んでいただいたことでしょう。

 新しい本が提供されたと聞けば、我先にと読んでくれるようシスターに頼みに行って、幼い子どもに先を譲るよう叱られてしまうことも多くありました。


 そしてまた、私が当時まだ王子殿下であった国王陛下が実験的に立ち上げられた教育施設で学ぶ最初の子どもであったことも事実です。

 その施設で学ぶ最初の権利を私のいた孤児院の子どもたちが獲得したと聞いたときには、これで一人で本が読めるようになると心から期待したものでした。

 その期待通りに、私は文字の読み書きを覚え、沢山の書物に触れていきます。

 そこで外国の本に触れたことが、私の将来を決めるきっかけとなるのですが……。


 実は文字を覚えた頃から読むだけでは足りなくなって、自ら物語を書くことも始めていました。

 でもそれを仕事にしようと考えたことは一度もありません。


 外国の本を読むたび、向こうでの実際の暮らしを知りたいと願いました。

 そしてこのように本を沢山読める環境をくれた王家に恩返しをしたいと願い、それがゆくゆくは外交官の道を選択することになったのです。


 何が言いたいかというと、つまり私は書くことに関しては、あくまで趣味の範疇で楽しんでいたということ。

 外交官という仕事柄、創作のネタには困ることもありませんでした。

 

 あの作品もまた、いつものように軽い気持ちで書き始めた物語だったのです。

 何の政治的な意図もなく、また個人的な想いを込めたわけでもなく、それを不敬だと思わなかったのも、私の中では趣味として一人で楽しむものでしかなかったから。


 

 考えてもみてください。

 創作を趣味とする女が、見目麗しく、今でも若い女性から絵姿が大人気となっている高貴な御仁に謁見する機会を得ているのですよ。

 それも一度の機会ではありませんでした。


 こんな素晴らしいネタ、いえ題材にしたい尊き存在を知れば、それは書きますよ。

 えぇ、書きました。

 ただの個人的な趣味としてです。


 だからそう、私に悪気は本当に何ひとつなくて──。




「やはり君だったね」




 こっそり続けてきた誰にも見せない趣味が私の運命を左右する。

 このようなことを想像出来る人間は別の世界でも存在しないのではないか。

 私はそう思います。





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