15.そして泣き虫令嬢は囚われた
王子殿下は王妃になればお城に引きこもっていられると仰いますが。
一国の王妃様ともなれば、式典や外交など人前に立つお仕事があるのではないでしょうか?
「それは数えられる程度で終わることだし、常に僕が隣に立てるからね。君が困らないようサポートしよう。それよりどこかの家の夫人になる方が大変だと思うけれどなぁ」
確かにお茶会だの夜会だのと貴族の夫人が社交に忙しいことは知っています。
母だってそうだからです。
けれどもそれは王妃殿下とて同じことではないでしょか?
「そうでもないんだ。王妃は平等に徹するため貴族からの招待は受けないからね」
でも王家主催のお茶会などがあると聞いておりますよ?
「年に一度か二度の話だよ。それだと事前に段取りを知ることも出来るだろう?万全の準備をして挑むことが出来るんだから、泣くほど怖いことにはならない。それにね、リル。王妃は個々の貴族と話す時間が限られているんだ。それも誰か一人を特別扱いしないように、大抵は軽い挨拶で会話が終わるからね。そのすべてに僕も付き合うことが出来る。これって凄く楽だと思わないかな?一貴族の妻ではこうはならない」
貴族の妻としての働きを想像してみると……また泣きたくなってきました。
私は生涯独身でいる方が良いのではないでしょうか?
ですが私も公爵家の娘。
貴族として、そして家のためにも、責任を果たさなければなりません。
泣き虫を早く直さなければ。せめて社交デビューのその前までに──。
そのために私には何が出来るのでしょうか?
泣かないようにと耐える我慢は、いつもしてきているのです。
それは悉く失敗に終わっています。
はっ!そういえば先ほどいい気付きがありましたね。
しゃっくりと同じ要領で治療を試みてみましょうか?
王子殿下がくすりと笑いました。
そして私の頬をすっと指先で撫でたのです。
私は驚いて目を見開いてしまいました。
「リルは泣き虫のままでいいよ。だから僕にしておいて」
いえいえ、駄目でしょう。
泣き虫の王妃なんて聞いたことがありません。
「表に出る短い時間だけ頑張ればいいんだ。それならこれから一緒に練習すれば、なんとかなると思わない?」
そうですね。今から練習すれば……いえいえ、だめです。
私に王妃なんてとても務まりません。無理、無理、無理。
どのようにお断りしようかと考えあぐねいている間に、殿下のお話は私の理解の及ばないところにありました。
何故か私の泣き方がいかに素晴らしいかについて熱弁されていたのです。
泣き方の良し悪しとは……?
私の視線に気付いた殿下が言葉を止めて、またにっこりと微笑みました。
「とにかく、この件は今すぐに結論を出さなくていいからね。時間はたっぷりあるんだ。まずは一緒に公爵領を旅するとしよう」
殿下と領地を一緒に巡ることが、決定事項になっていました。
何がどうしてこんなことになったのでしょうか?
この時の私は、その旅の間にいかに私が王妃に向かないかをご理解いただければ済むものと、まだ安易に考えておりました。
しかしこの時にはすでに私はもう逃げられないところにいたのです。
まさか国王陛下並びに王妃殿下がすでに王子殿下の意志を了承していて、なおかつ率先して王子殿下の望みが叶うようにと動いていたなんて。
どうして十二歳の幼い私に知ることが出来たでしょうか?
たとえば王妃殿下と母が協力して、上手いこと父と兄を取り成してくださっていたり。
国王陛下が騒ぐ間もないほどに父と兄に沢山の仕事を与えていたり。
家庭教師の皆様も実は最初からそのつもりで私に通常の令嬢が学ぶ以上の知識を与えてくださっていたり。
しかもその学習の成果は逐一王家へと報告されていて。
そして我が家の侍女たちもまた、未来の王妃付きとなる勉強済みであったり──。
このように後から後から次々に知らされる事実に、私は驚き恐れおののいて、そして毎度泣いてしまうのでした。
それは旅の間も続きまして、こうして瞬く間に時は流れ────。
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