12.泣き虫令嬢は現実を知る

 殿下と移動した先はいくつかある応接室のひとつでした。


 小さな子どもなら座れそうな距離を空けて殿下とソファーに並び座っています。


 楽にしていいとのことで、私も背もたれに身を預けることにしました。

 でもそれを先にしたのは殿下です。

 楽に話そうねと言って自ら先に実戦してくださいました。


 前のテーブルにお茶とお菓子を用意した後、侍女たちは母の言った通りに下がります。

 廊下に繋がる扉は開いていました。



「君が言っていた名を持つ孤児の女の子はね、あれからすぐに発見されたんだ。親が亡くなって親戚もおらず、近所の人から王都の修道院に預けられていたんだよ。だけど君が言うほどの特別な女の子という感じはなかったな」



「その方にお会いしたのですか?」



「君が心配していた物語の強制力という話が気になっていたからね」



 ごくりと喉がなります。

 それがあるかどうかが、私の運命を決めるからです。



「安心して、リル。僕が今日ここに来たのが答えだと思わない?」



「あ……」



 殿下の仰る通りでした。

 強制力があったなら、私は殿下から顔も見たくないほどに厭われているはずなのです。


 殿下は王子だからと我慢して私と婚約しているはず。

 あれ?そもそももっと幼い頃に婚約者に決まっていたと描かれていたような……。



「強制力なんてないと思うな。念のため三度足を運んだけれど、なんにも感じなかったからね」



「なんにもですか?」



「うん、#彼女には__・__#なんにもだ」



 なんだか言い方が引っ掛かりましたけれど。

 私はそれよりも、その彼女がどうしているかの方が気になります。


 まさか私のせいで──。



「それも安心して、リル。彼女は修道院で暮らしているけれど、教育を受けて、将来の夢を持ち、頑張っているところだからね」



 教育?将来の夢?

 修道院育ちの彼女は、貴族の養女となるまではお勉強などしていなかったはずなのですが。



「リルが前に、どうしてこの世界には義務教育がないの?と言っていただろう」



 はい?ぎむ……ぎむ……なんでしょうか?



「それはまだ思い出していなかったんだね。リルが前によく言っていたんだよ。子どもは国の宝物でしょうって。みんなが教育を受けられるようにした方がいいよ、その子たちが大人になって国を良くしていくんだからねってね」



 幼い私は王子殿下になんてことを言っているのでしょうか。

 子どもは国の宝……とても素敵な考え方だと思いますけれど……頬に手を当ててしばらく考え込んでみても関連することは何も思い出せませんでした。



「誰もが前の記憶を持って生まれてくるけれど、成長と共に少しずつ記憶が消えると言われているからね。君もあの時点より今の方が覚えていないのかもしれないよ」



 それは私がこの世界に馴染んできたと捉えて良いものでしょうか。



「そうだね。君はきっと人より時間を掛けているだけで、はじめからこの世界のリルとして生きている」



 ぽろりと涙が零れて、慌てて拭おうとした手を摑まれてしまいました。

 何事でしょうか?



「擦ったら良くないからね。これで──」



 王子殿下のハンカチが頬に当てられます。

 私の涙で殿下の尊いハンカチを汚してしまうだなんて畏れ多いことなのですが。



「気にしないで。ハンカチなら何枚も持ってきたからね」



 殿下が上着から数枚のハンカチを取り出しました。

 上着の内ポケットのどこにそれだけのハンカチが……え?まだあるのですか?

 殿下が侍女たちのようです。

 


「それでね、リル。君の記憶から感銘を受けた僕はすぐに父上と相談して、まずはお試しで特定の修道院の子どもたちを対象に教育の無償提供を始めたんだ。これはまだ内緒の事業なんだけれどね」



 王子殿下が内緒と仰る話を私が聞いて良いものかと疑問は残りますが。

 その修道院というのが──。



「そう、例の子がいる修道院も対象に含めている。それであの子には継続して今も教育を受けて貰っているんだよ」




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