11.泣き虫令嬢は取り残される

 危機が迫る、つまりお母さまは──。



「許可を得ずに申し訳なかったが、夫人には君から聞いたすべてを伝えている」



「え?」



 困惑し過ぎても涙は出て来ないようです。

 けれども口からも「え?」しか出て来なくなりました。

 せっかく涙が止まりましたのに話も出来ないなんて情けない身体です。



「私を見て死にたくないと泣いていたからね。さすがにこれはと思い、夫人には伝えておいたんだよ。ちょうど夫人からも話がしたいと言われタイミングも良かったんだ」



 いくら王子でも幼い公爵令嬢に出来ることは限られています。

 いつも側にいることだって不可能でした。

 だから実の母親に私の身の安全を託したそうです。


 なんとまぁ……お母さまの視線が昨日からたびたび痛いように感じたのは気のせいではなかったのですね。

 これは後でお説教かもしれませんが、こういうときは泣けないから不思議です。

 母のお説教は厳しいものですが、それが泣くほど怖くない理由は、母がいつも私のために叱ってくれていると分かるからなのでしょう。


 と考え始めると、じわじわと目に涙が溜まっていくのですから、私の涙腺はどれだけ弱いのでしょうか。



「安心して、リル。その物語通りにはならないからね。主人公ももう別の道を生き始めている」



「え?……えぇ!」



 主人公、つまりあの物語のヒロインさんのことですか?

 その方は実在していたのですね?


 目が回るほど驚いて、椅子からふらりと上半身を揺らしてしまいました。

 なんとか倒れずに力を入れて耐えることは出来ましたけれど、まだ落ち着かず指先がカタカタと揺れています。



「すまない。病み上がりだったね。また日を改めようか?」



「大丈夫です。聞きたいです」



 きゅっと手を固く握って背筋を伸ばし全身に気合を入れました。

 身体はもうすっかり回復しているはずですし、気をしっかり持てば大丈夫なはず。



「外に長くいるものではありませんでしたわね。場所を変えて二人でゆっくりお話ししたらどうかしら?殿下はいかがです?」



「お許しくださるのであれば」



「娘はまだ十二歳ですの」



 母が突然にそう言いました。

 どうしてここで私の年齢を改めてお伝えする必要があるのでしょうか?



「分かっておりますとも。誓ってリル……シェリル嬢の嫌がることは致しません」



「嫌がらなくても、ですわ」



「もちろんです。王族として恥じ入る行動もしないと約束します」



「うふふ。#おいた__・__#があったら、王妃殿下にご相談させていただきますわね」



「……えぇ、今日この場では母に相談する必要があることはしないと、夫人とそしてシェリル嬢にも誓いましょう」



 私にも誓いが立てられる寸前に殿下のお顔が曇ったことは気になりましたけれど。

 母は大きく頷きました。


 母の顔は満足そうに見えましたが、私には何が何やら。



「そのお言葉を信じましょう。ではお部屋へご案内致しますわ。扉は開けておきますが、侍女たちも下がらせますわね」



 こうして私たちは室内に移動して、殿下と二人きりでお話しすることになったのです。




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