10.泣き虫令嬢は重ねて驚く

 家族からはシェリーと呼ばれていますが、私の名前はシェリルです。

 そしてかつて、私をリルと呼んだ御方がおりました。


 それがこの王子殿下だったのです。



「もしかして思い出した?」



「す、こしだけ……」



 泣いていたせいで妙な間を空けてしまいましたが、王子殿下は驚きません。

 それどころか。



「それは良かった。嬉しいな」



 穏やかな声で喜びを伝えてくださいました。

 涙のせいで今のお姿は見えませんが、昔のように笑っている気がします。



「前の生について僕に話していたことも思い出したかな?」



「え?」



 ぴたりと涙が止まりました。

 驚くことがあれば、涙は止められるのでしょうか?


 でもそれってしゃっくりと同じでは……?

 私の涙はもはや生理現象と捉えた方が対処も出来るということでしょうか。


 侍女から新しく受け取ったハンカチで目を押さえていると、殿下が笑い出します。



「ふふっ。リルは変わらないね」



「そうでしょうか?」



「うん、昔からこんな感じだったよ」



 こんな感じとは、どんな感じか分かりませんが。

 幼い頃も泣き虫だったということなのでしょうね。


 すると今度は母が言いました。



「あなたは昔から殿下に良くしていただいていたのですよ。殿下の御前でもよく泣いていたようですけれど、私が迎えに行くときにはいつも泣き止んで笑っていたわ」



 ほんのりとした記憶ですが、確かに幼い頃によく遊んでいただいたように思い出します。

 楽しかった覚えがありますが、それでもよく泣いていたのでしょうか?



「かつてのことも殿下の御前でしか思い出してくれないから私も困っていたのよ。それも二人きりの時に限られていて。殿下にご協力いただけて助けられたわ」



 聞けば母は、私がかつてを記憶したまま成長していることを早くから疑っていたそうです。

 どうやら私は兄だけでなく両親のことも疑っている素振りを見せていたとのこと。

 けれどもそれは兄程ではなく、成長するにつれて兄の方に見捨てられる不安が集中したことで、両親に対してのそのような言動は減っていったということでした。


 思い返せば、あの物語でも両親は最後まで私に甘い部分を残していたように感じます。

 娘にほとほと困り果ててはいても、娘だからと完全に切り捨てることは出来ず。

 王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたあとも、生涯邸に閉じ込めておけばそれでいいのでは?と考えたいたようですね。けれども兄が非情にも私を北の果ての地にある修道院に送るよう両親を説得するのです。


 だからこそ兄だけが変わらなければ私は安心だと考えていたのでしょう。



 しかしそんな以前から母にはすべてお見通しだったのですね。



「ではお父さまやお兄さまも……」



「いいえ、あの二人は知りませんよ」



「え?どうしてですか?」



「昨日の騒ぎ様を見たでしょう?幼いシェリーに危険が迫っていると知ったら、私たち家族は国内にはいませんでしたよ」



「え?……え?」



 私は二度驚いてしまいました。




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