13.泣き虫令嬢は逃げられなかった

「外交官ですか?」



 彼女の夢の内容を聞いて驚いてしまいました。

 それと同時に自分が恥ずかしくなってきます。

 私は私の心配ばかりして、ただ泣いているだけだったからです。


 一方の彼女は毎日お勉強をして、いつか世界を飛び回る外交官になり、得た知識を国の役に立てたいと考えているそう。

 なんて立派な方なのでしょうか。



「新規事業で育った子どもたちから初の女性外交官が誕生するかもしれないね」



 王子殿下も期待されていることが分かりました。



 心がずっしりと重くなってきます。

 その理由は、自分の足りない部分が鮮明になったためだけではありませんでした。

 夢を持つことは素晴らしいことですし、多くの人から期待されているのもまた素晴らしいことなのでしょう。

 けれども私の何気ない発言のせいで彼女の人生が大きく変わってしまったのではないでしょうか?



「君の言葉が彼女の人生に影響を与えたことは事実だね。実際に影響を与えたのは僕になるけれど。でもね、リル。元々決まった運命なんて最初からなかったように思うよ」



「そうだといいのですが」



「彼女を引き取る予定だった侯爵がどんな人か知っているかな?」



 私は彼女の名前から、この世界で彼女の養父になる予定の人を探り当てました。



「はい。お会いしたことはありませんが──あ!」



「そうなんだよ。彼には息子も娘もいてね」



 物語では侯爵夫妻には子どもがおらず、それで男の子と女の子をひとりずつ養子に迎えることになるのです。

 言わずもがな、その女の子が主人公で、さらに同時期に同じ家に引き取られた義兄の存在もまた物語の前半部分に大きな影響を与えるのでした。



 でもその該当する名を持つ侯爵夫妻には、すでに男女の子どもが誕生しています。

 これは家庭教師から貴族名鑑を眺めながら教わったことで間違いありません。



「改めて冷静に考えてみようよ、リル。貴族が後継のために養子を取ることはままあることだけれど、わざわざ修道院から素性の知れない子どもを迎えることがあるかい?」



 言われてみればその通りです。

 子どもがいない場合、兄弟姉妹、あるいはその子どもか、もっと遠くても同じ家門の分家や遠縁の家から後継を迎えるのが常ですし、特別に他家から迎える場合にも、それは以前に嫁いだ娘の子どもを選択することになります。

 ですからまったく血縁関係のない人間を後継に選ぶことはありません。


 それはこの世界が血統主義というのもありますが、平民や修道院出身者を蔑んでいるという話でもありません。

 貴族だからこそ、修道院から一人だけを選ぶようなことはしないのです。

 貴族の多くが乳児院や孤児院を併設した修道院を経営していますが、誰か一人が特別にはならないよう、支援は全体に向けて定期的に行うようにしています。

 それこそが貴族の責務だから。



「最初からこの世界は以前の君が読んだ物語とは違っているんだ。だからリルは物語に出て来る登場人物ではないし、それはあの子も同じだよ」



 では私はもう──。



「君はこの地で穏やかに暮らすことが出来る。大丈夫、僕がその暮らしを必ず守るからね。君は北の修道院になんか行かないし、そんなところで一人でどうにかなることもない」



「ふぇっ」



 我慢出来ず泣き出してしまいました。

 涙が次から次へと溢れ自分の意志ではどうにもならず、落ち着くまでずっと殿下は私の背中を撫でてくださいました。

 申し訳ない限りです。


 あの物語では、王太子殿下の元婚約者である公爵令嬢は、婚約破棄をされたのち、北の厳しい修道院に送られることになります。

 数か月も雪に閉ざされるその修道院での暮らしは厳しく、甘やかされて生きてきた彼女には数年も耐えられなかった……というようなことを王太子殿下が暗に主人公に語る場面がありました。


 熱に魘されながら何度も繰り返されたその文章があまりに怖ろしくて、私は兄にもそれを伝えることが出来なかったのです。

 でも幼い私は王子殿下に伝えてしまっていたのですね。

 それで母も──。



「修道院についても恐れることはないからね。万が一にもそんなことがないようにするけれど、備えは万全にしておいた方がいいだろう?だから厳しい修道院がないよう整備も進めてきたんだ。北の領地を持つ貴族たちにも、身分に依らず飢える者凍える者がないように、王家からも援助しつつ対策を促しているよ」



 そこまで……そこまで考えてくださっていたなんて。



「ふえぇ、うわーん」



 それからはまたしても大号泣でした。

 でもそれはつい先日お城のお庭で泣いたときとは違う、安堵からの涙だったのです。




 そうして泣いて泣いて、やっと落ち着いた頃に、王子殿下は言いました。



「僕も君たちの領地の視察に同行しようと思っているんだ」






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