7.泣き虫令嬢は家族から愛され過ぎている
かつての私が何者だったかまでは思い出せませんでした。
記憶から溢れるのは、物語の内容ばかり。
そしてそれを読んでいた私がいた、ということまでです。
けれどもそれだけの記憶で分かることもありました。
私はかつても人目に付くことを苦手としていたのです。
人から称賛されるような輝かしい人生は物語の中だけで十分。
目立つ人を遠くから見ているくらいがちょうどいい。
その気質は今と変わらないのではないでしょうか?
人は何度も生まれ変わるとしても、もしかしたらずっと同じ心を持ち続けて生きているのかもしれません。
屋敷の使用人たちからの視線からも逃げたくなってしまう私です。
出掛けること自体少ない私ですが、幼い私があまりに泣くので使用人たちがずらっと整列してのお迎えは見なくなっています。
でもそのように、慣れることから逃げてきたことが良くなかったのでしょう。
私は十二歳になった今も、感極まるとすぐに泣いてしまいます。
怖くても泣くし、嬉しくても泣くのです。
ですから物語通りに生きることは出来ません。
こんな泣き虫な王妃など聞いたことがありませんもの。
お城での暮らしなんて想像するだけで泣きたくなります。
「良かったわね、あなた」
「あぁ。元から王家などにくれてやる気はないが」
「父上母上、シェリーにはずっと公爵家にいて貰いましょう」
「まぁ、何を言い出すのよ?ねぇ、あなた?」
「う、うむ。さすがにずっとはな。それは嬉しい話だが……」
「僕は何もシェリーが結婚しなければいいと言っているわけではないのです。将来シェリーに好きな人が出来て……それは嫌だけれど……うん、嫌だな。だけど、泣く泣くそれは認めるとして……父上、泣かないでください。僕も泣いてしまいます」
もしかすると私の泣き虫なところは、この世界の両親からの遺伝かもしれない。
私ははじめてそのように思いました。
かつての生でもよく泣いていたのか、それは思い出せません。
けれども、そうだろうなという考えも浮かびませんので、目立つことが嫌いで至極おとなしい人間だったとは思いますが、今の私のようには泣いてはいなかったのではないでしょうか?
過去から受け継ぐものもあれば、親から受け継ぐものもあると言うことなのかもしれません。
「僕が言いたいのは、そんな嫌な日が来たときには、せめて相手を婿に取ってしまえばいいのではないかと」
沈黙が長く続きました。
私は疑問でいっぱいだったからですが、両親と兄はそれぞれ先のことを考えていたようです。
お兄さまがいて、何故私が婿を取るのでしょう?
「そうすればずっとシェリーと一緒にいられるだけでなく、シェリーの孫の世話が出来るんですよ?」
兄が畳みかけるように言いました。
父の顔色がぐらぐら揺れています。
「ぐっ……孫の世話は魅力的だが、しかしシェリーに婿などまだ早いぞ。孫だって当分先だ!」
「それは当然ですよ、父上。これはどうにも受け入れ難い事態に陥ったときの話ですからね」
「うむ、どうにも受け入れ難い事態か……いや、それではならんぞ。次期公爵として、問題は未然に防ぐよう動きなさい」
「もちろん今も対策済みです。シェリーに近付く男は現れません」
「うむ。私の方でも防御は完璧だ」
盛り上がる父と兄の会話を遮るように、母が珍しく長い溜息を漏らしました。
「あなたたち。シェリーの子には会いたくないのですか」
「それはっ!会いたいですけれど!」
「シェリーの子……ぐっもう駄目だ」
父が大きな手で顔を覆ってしまいました。
えぇと……何のお話をしていたらこうなったのでしたっけ?
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