8.泣き虫令嬢は家族を憂える
「シェリーだって婿を取りたいだろう?」
母の視線を避けるようにして、兄は私に問います。
その母はおいおい泣き始めた父の背中を撫でているのですが、いつになく昏い目をしているようでした。
けれども私と目が合えばたちまちその瞳に光が戻って、にっこりと微笑んでくださいます。
お父さま、頑張って。
「私が婿を取ると、お兄さまはどうなるのですか?」
まさか優秀なお兄さまを差し置いて公爵になれとは言いませんね?
私にはそちらも無理です。
えぇ、無理。本当に無理。
領主になったら沢山の人に会わなければなりません。
「安心してシェリー。公爵家は僕が継ぐよ。だけど別にシェリーたちと同居したって問題ないでしょう?」
同居……とは?
兄が貴族として聞いたことのない話をはじめました。
「こんなに広い屋敷があるんだ。シェリーとその子どもたちと同居して何の問題がある?シェリーの子どもたちは僕が育てよう」
えぇと。
まず夫はどこに消えたのでしょうか?
「どうしても同居が嫌なときには……まぁ、言わせないけどね?シェリーがお兄さまとは別々に暮らしてみたいと言うなら、試す機会くらいは設けようか。この広い庭の一部を削って離れを建てよう」
なんだか兄の目も母とは違う感じに昏く陰ってきたのですが、これは直視してはいけない目のように感じます。
そもそもどうしてこんな話になってしまったのでしょうか?
「むしろシェリーの相手に別邸を用意して、そいつをそこに閉じ込めるか。そうして僕とシェリーと子どもたちで仲良く──「おやめなさい。今はそんな話をしている場合ではないでしょう?」」
さすがは母です。
兄にこれ以上続けさせてはならないと思い戸惑っていた私よりずっと早く兄を止めてくれました。
しかし兄は簡単には止まれないようです。
「母上は孫を奪われても構わないと言うのですか?この可愛いシェリーの子どもですよ!」
すると母は父の背を撫でながらにっこりと微笑みます。
お父さまはいつまで泣いているのでしょうか。
「うふふ。そんなことを私が許すはずがないでしょう?老後の生きがいを取られてなるものですか」
「さすがは母上。父上よりも話が早い」
え?母も兄に意気投合してしまうのですか?
えぇと……私は結婚していずれはこの家を出ていく身だと信じていたのですが、これは違ったのでしょうか。
それに子どもの話をしていますが、後継である兄が結婚すれば兄も両親も兄の子どもたちのお世話が出来るように思います。
それなのに何故……?
「僕を気遣うことはないよ、シェリー。僕の後継にはシェリーの子を据えるからね」
さらに兄がおかしなことを語り始めました。
「まぁ、あなたは結婚しないつもりなの?」
そうですよ、お兄さま。
お兄さまもいずれは結婚されるのですよね?
自分の子ではなく妹の子を後継にするなどと今から言っていたら、お相手となる方が見付からないのではないでしょうか。
「今のところはありませんね。余程シェリーを愛してくれる人がいれば考えることもあるかもしれませんが」
今のところする気はなかったのですか!
お兄さまが結婚を考えるきっかけも分かりません。
どうしてお兄さまと結婚なさる方が、私を愛さなければならないのでしょうか?
「シェリーは気遣う子なんだから、僕が結婚したら家に居づらくなって自分から出て行ってしまうだろう?そんな相手と僕が結婚出来るわけがない」
救いようのないシスコンね──。
何か知らない言葉が聞こえてきました。
いいえ、私はその言葉を知っています。
兄は間違いなくシスコンというものです。
しばし新しく思い出した言葉に動揺していた私ですが、いつの間にか母がじっと私を見ていることに気付きました。
「シェリー。他に思い出したことはないかしら?」
どきりとして胸が跳ねます。
いえいえ、シスコンの話ではないのです。
どうしても家族に言えなかったこと、というより私がそれを勘違いであることを願い口に出来なかったことがありました。
それを言葉にして発してしまえば、本当にそうなってしまいそうで恐ろしかったからです。
私は何とか自然を装い頷くと、母は軽く息を吐きました。
「いいでしょう。シェリーは物語通りには生きない。今日のところはその結論でいいわね?」
母がさらりとまとめてこの話はここで終了となりました。
まだ泣いている父が母に背中を押されながら部屋から出て行きます。
そして兄が残りました。
「もう城には行かなくていいからね。殿下との文通?あれは無かったことにするから。あとは全部僕に任せて」
にっこりと笑った兄の顔が、今までとは違って見えました。
お兄さま、シスコンは矯正してもよろしいですか?
泣き虫の私に何が出来るか分かりませんが、このままではお兄さまの将来が心配なのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます