6.泣き虫令嬢は運命を拒絶する

 それは両親も兄も、それから使用人一同も、公爵家に関わる誰もが、私が修道院送りになることを良しとはしないという話からはじまりました。

 いかに皆から愛されているか、そして父が私を愛してくれているか、私が恥ずかしくなるほど懇切丁寧に説明してくれたのです。

 兄も母も父の意見に同意を示し、部屋にいた侍女たちも大きく頷いてくれました。

 嬉し恥ずかしというもので、また違う意味で泣いてしまったのですが。


 よく泣く私に慣れた侍女たちは、いくらでも氷はあると言ってくれます。


 私は目を冷やしながら、なお涙を溢れさせておりました。

 そんな私を慰めようと父はさらに言います。

 


「幾重もの生を繰り返すときに、その順序は必ずしも時の流れ通りではないと言われているんだ。そもそもシェリーのいた前の世界と今がどのような時系列で並んでいるかも分からないがね。もしかしたら君が読んだというその物語はこの世界を知った人間が書いたものかもしれないよ」



 それを聞いて、また安堵して、また違う涙が出てきました。

 物語が完全なる創作物であれば、私の名をちょっと拝借したということもあるでしょう。


 と考えたところで、また不安が生じます。

 その人がこの世界の今を生きているとしたら、そうなる未来を見たということではないでしょうか?

 あるいはもっと先の未来の人で、歴史書などで私の人生を知ったということもあるのでは?


 すると今度は兄が言いました。



「結果が物語通りに決まっているとしたら、もっとこう僕たちは仲違いしていないとおかしいはずだね?だからきっと誰かがいちから創った物語なのではないかな?」



 確かにそうかもしれません。

 あの物語では、公爵令嬢は幼い頃から手の付けられない問題児だったように描かれていました。

 家族も途中からはかなり厳しく接していたようですが、他者には高圧的な態度を示し、時に心無い言葉を掛ける非情さ、すべて自分の思い通りになることを望む傲慢さは変わらなかったという描写があります。


 しかし今の私はどうでしょうか?

 厳しくされるどころか甘やかされてわがままなところはあるように思いますが、泣き虫の私ではそれほど気の強い令嬢を演じることも不可能に思います。



「シェリーのどこがわがままなんだい?僕たちはいつももっとわがままを言うようにと願っているんだよ?」



 ちょうど新しい氷に交換するために目を開いたところで、周りにいる全員が兄の言葉にうんうんと頷いている姿が目に入ってきました。


 こんなに甘やかされているのに、まだ何が足りないのでしょうか?



「シェリーはどうしたいかしら?」



「え?」



 先程から発言は控えて微笑んでいた母に問われ、私は母を見ました。

 いつも通りの優しい微笑みが、私の心を癒してくれます。



 大丈夫、この世界は優しいから──。



 私は心からそのように感じました。



「物語によれば、シェリーは王太子殿下の婚約者になるのでしょう?今はまだ王子殿下ですけれど、シェリーはあの方の婚約者になりたいかしら?」



「なっ!私は認めんぞ!」

「なりません母上!」



 父と兄の声が重なりました。すると母が「おだまりなさい」とぴしゃりと言うのです。

 しかしその声から怖さは感じませんでした。

 私を見詰める目が変わらず優しいからでしょうか。



「私はシェリーに聞いているのですよ。ねぇ、シェリー。あなたは王太子妃に、ゆくゆくは王妃になりたいと願っているかしら?」



「まさか!あり得ません!」



 強く否定してしまいました。だって無理です。

 王太子妃?王妃?無理、無理、無理──。




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