第7話 月を見る度思い出せ・前編

 カツン、カツン。


 天界の牢獄、果てしない地底まで続く階段を降りる一人の足音。

 実際に下りているのは2人なのだが、な。


 俺の名前は奥洲天成。

 今、俺は天界の刑務所の中でも最重犯の施設を歩いている。

 前を浮いている女神代行の新居千瑛とともに。


『ここが旧礫月乃きゅうれき つきのの独房よ』

「ここか……」


 旧礫月乃。

 この女は、前世を旧暦警察として過ごした。


 いるだろう? 何かある事象について「正しいのはこっち! おまえの使い方は間違い!」と突っ込んでくるナンチャラ警察というのが。

 この女は旧暦警察だ。

「関ヶ原が9月15日」とか祝いだすと、「それは旧暦! 太陽暦で祝うな!」と突っ込みまくる。ラジオやテレビなどで「この日、何々がありました」と言ったとしても、陽暦と陰暦を取り違えていたのなら、すぐに抗議電話だ。


 間違ってはいないのだが、「そのくらいいいやん」ということでもある。

 それなのにこの女は鬼の首を取ったかのように半狂乱して文句を言いまくる。毎年関ヶ原イベントをしている団体には抗議電話を通算六万回ほどかけたらしい。

 そんなことをしているから、いたるところからブロックされてしまった。


 ブロックされて世界との繋がりを失った月乃の闇はますます深くなっていった。

 遂には旧暦警察の同志を47人動員し、赤穂浪士イベントを陽暦12月14日に祝おうとしていた自治体会場に討ち入りを果たし、責任者の首を取るという凶事に及んだ。

 裁判でも「ヤツラが間違っている。太陽暦と太陰暦をしっかり理解すべきだ」と主張しつづけ、殺人について全く反省の意を見せなかったことから、無期懲役となった。


 そんな月乃は、旧暦警察の中では伝説的な存在として崇められており、また、彼女も獄中から旧暦警察達に指示を出しているらしい。残念ながら不満分子は日に日に増えており、その中から旧暦警察という道を選ぶ者も増えているということだ。


 先日、天界には「月乃が建国記念日に何かしでかすつもりだ」という匿名の電話が入ってきた。

 建国記念日は二月十一日だ。これは当時の一月一日を陽暦に直したもので、これ自体は合っている。

 しかし、それ以降は年々ズレが生じている。

「国を愛する心を養うための建国記念日をが年々ズレを生じる事態を放置しているなど、国家を破滅させる行為だ」と憤っているのだという。


 知らんがな、と言いたくなるが、月乃ならやりかねない。

 何か企んでいるのなら、止めなければいけない。


 ということで、俺達がやってきた。

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