第5話 超えよ、その頂を 中編
かくして、俺は11世紀のカシミールに転生した。
この時代でK2に登るとなると、装備はほとんどアテにならない。
頼れるのは己の肉体のみだ。
高地順応あるのみ!
6000メートルいや、できれば7000メートルくらいでも走れるくらいに高地に慣れる必要がある。
俺は3歳にして富士山より高い場所で過ごし、6歳になると5000メートル地点で過ごすようになった。
9歳頃には6000メートル地点を走り回るようになり、そんな俺を周囲の者達は「イエティ・テンセイ」と呼ぶようになっていった。
『頑張っているようね、奥洲天成』
「おっ、新居千瑛。まさかやってくるとは」
『自信はどうかしら?』
「この調子で行けば、成人する頃には8000メートルでもちょっと辛い程度で済むような気がする。あとは神に祈るのみだな」
『神は頼りにならないわ』
忘れてた、こいつ、ニーチェだった。
『山の神が通用する登りは1000メートルまでなのよ。アスファルトもないといけないわ』
「それは箱根駅伝の山の神だろ……」
『あと、有名な山が霊峰と呼ばれる理由を考えたことがある?』
「霊峰と呼ばれる理由? 何だろう、神々しいから?」
『霊が見えるからよ』
「はぁ?」
『文明世界で暮らす人間は理性で物事を考えるわ。しかし、圧倒的な自然・大地の脅威を目の当たりにした時、そういうものは簡単に吹き飛ぶのよ。その後に残るのはサードマン現象と呼ばれる自らの内なる心の叫びのみ』
なるほど……。
理性を司る左脳が停止して、本能を司る右脳が動き出すわけね。
『そういうことよ。大量殺人の被告人が主張している「神が私に殺せと命じた」とかそういうやつよ』
「いきなり嫌な方向に話を持っていくのはやめてくれよ。まあ、本能でもいいじゃん。霊とか神という形で安心感を与えてくれるのなら」
『そうね……。うまくいけばね』
何だか思わせぶりだな。
『サードマン現象に遭遇して、助けてもらったという人は大勢いるわ。ただし、一度サードマンに遭遇したけれど、その後結局遭難死してしまった人も大勢いるわ。つまり、神も適当に指示しているのよ。当たり前よね、本人の別な部分が声を発しているのだから』
「身もふたもない話だな」
『神に会っても助かる確率は半々よ。自然に圧倒されない強固な理性と知識を身に着けることをお勧めするわ』
なるほどなぁ。
というか、新居千瑛自身幽霊だったはずなのだが……?
まあ、彼女はAIと融合したから、理性半分本能半分の存在とも言えるか……
「ところで登頂後に11世紀のものを残しておけって言っていたけれど?」
『登る際にはステッキを持っていくでしょ? そこに"1080年、テンセイK2に登頂する"とでも書いて頂上にぶっ刺しておけば良いわ。あとは凍り付いて固定されるでしょ?』
「なるほど……」
西暦1080年にK2なんて呼ばれていないはずだから、後の登頂者はびっくりするというわけか。
そういう感じで準備をしていけば良いわけだな。
あれ、ステッキ一本置いていったら、帰りはどうすれば良いんだ?
そもそも、今回、全然中世世界の話をしていないぞ?
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