第40話 母なる大地に勝利を・後編
ということで、12世紀のモロッコに飛ぶことにしたわ。
ムラービト朝の英主ユースフ・イブン・ターシュフィーンとなったわよ。
ついでに奥洲郁子もその部下として転生したわ。
「郁子さん、もといアルイクコ。まずは宣伝をしましょう」
「宣伝ですか? アルチエ・ユースフ・イブン・ターシュフィーン」
「ムラービト朝は村人による王朝である。つまり、世界初の庶民による王朝なのだ、とね。全ての庶民はムラービトとともにあるべきよ」
「……ほ、本当ですの!?」
そんなはずはないわ。
実際にはアラビア語の定冠詞アルをつけて、アルムラービトと称するのが一般的ね。ムラービトは単体では山伏みたいな存在なのよ。自らを鍛えて信仰を追求するというね。
だから、ムラービトは強いのだけど、日本でもそうだけど山伏は気に入らないことがあると暴れるという難点があるわ。
近代国家となるためには官僚制が欠かせないわ。個人個人の力ではなく、組織の力で押しつぶすという仕組みが。
モロッコで最大の問題がこの部分ね。知識人が少ない……というより偏っているの。
ターシュフィーンの後継者は南スペインのアンダルシアにいて、そこには知識人も多くいたのだけれど、それによってアフリカ側を軽視してしまったのね。それで足下が崩れて衰退してしまったわけ。
イスラム系の知識人を増やすとなると、アレクサンドリアに侵攻する必要があるわ。シリアやエジプトを支配しているファーティマ朝と戦端を開くのよ。
ただし、エジプトとモロッコとでは地力の差が大きいわ。いきなり開戦しても勝ち目がないわね。
ということで、まずは手ごろな南への侵攻を企てるわよ。
史実でもガーナ王国を滅ぼしているのだけれど、サハラ越えを敢行してトンブクトゥをはじめとするマリ、ニジェールの地域も占領するわ。
「サハラ越えなんてできるのですか?」
「アル・イクコ、サアド朝のアフマド・アル・マンスールがやっているわ。やっていることは結構凄いけど、アルプス越えやヒマラヤ越えと比べて誰も話題にしてくれない可哀相な話よ」
「サアド朝って16世紀ですわよね? 500年早いのですが」
「山越えの装備は時代とともに進化しているけれど、砂漠越えなんてほとんど変わらないわ。今だってできるのよ」
私達は砂漠を超えて、モロッコから西アフリカ南部も支配することができたわ。
これでこの地域の交易圏を確保できて、更に金が大量に取れるようになったわね。
「300年後にマリのマンサ・ムーサがエジプトの金相場を暴落させた話があるでしょ。私達は見栄ではなく実利のために使うわよ」
特権階級となっているムラービトは戦では頼りになるけれど、特権のない階級の重用……つまり官僚制度の拡大には反対的で政治では足を引っ張って来る存在だわ。
その不満を金で押さえて、同時に金でアレクサンドリアのスンナ派ら少数派の知識人を引き抜くのよ。更に装備も充実させないとね。
「とんとん拍子にうまくいっておりますわね」
「まだまだよ」
「スペインの方はどうするのですか?」
「金をバラまいて、適当に争わせておきなさい」
「……北には行かないのですか?」
「いずれは行くけど、意味がないわ。私達の目的はあくまでファーティマ朝よ」
エジプトを支配しているファーティマ朝を支配することができれば、2、30年発展させることで世界の主導権を掌握できるわ。
何故か。
モロッコ(とスペイン・ポルトガル)は西では大西洋に面していて、地中海にも面しているわ。
これでエジプトを制覇すればインド洋にも乗り出せるの。
この三つの海を支配すれば、物不足という問題からは完全に開放されるし、イノベーションも激増よ。
「しかし、大分良くなりましたが、我が国ではまだファーティマ朝に勝つことはできませんわ」
「分かっているわ。今度はヴァチカンに金をバラまくわよ」
「ヴァチカンに?」
「十字軍を早めるのよ。ビザンツがエルサレムを取り返してくれと頼んでいると働きかけなさい」
「え、えぇーっと……」
アルイクコは不満そうだわ。
「どうかしたの?」
「いえ、ワタクシ達、イスラム王国ですわよね?」
「決まっているわ。ムラービトは敬虔なイスラム教徒よ」
「十字軍に応じて、ファーティマ朝を攻めるというのはムスリムとしてどうなのでしょう?」
「十字軍の最中にアラブ同士が戦っていたなんていうのはいたるところでやっていたことよ。モロッコがやってダメなんてルールはないわ」
この世界に仁義なんてないの。
隙を見せた奴が悪。
それがユーラシアとアフリカの掟よ。
"千瑛の一言"
「ということで、第四話に続くわ」
「出張で前編と中編が短くなりましたものね……」
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