第34話 リバース・桶狭間 結末

 遂に今川義元が(いらないと言っているのに)駿河を出た。


 道中、ドンチャン騒ぎをしながら向かっていると言う。

 義元に言わせると、民と触れ合うことが為政者の役目だという。

 それは一つの方向性として分かるが、ドンチャン騒ぎは別問題なのだが。


 文句を言っていても仕方がない。

 松平元康や岡部元信は頑張っている。


 ……史実と同じくらいには。


 となると、そろそろ信長が敦盛を舞いだして、攻撃を仕掛けて来るだろう。


 桶狭間……田楽狭間の戦いは、巷間伝えられる奇襲ではなかったようだ。

 織田方の第一目的は領地の防御である。相手に出血を強いて「尾張を攻めるのは難しいでおじゃる」と義元に思わせれば良い。

 乾坤一擲で総大将を狙う賭けをするのはあまりに危険だ。

 だから、正面から頑強に抵抗するつもりだったのが、気象を含めた条件の変化もあって、たまたま敵陣深くまで斬れ込めたのだろう。


 単純に義元が輿で移動していたという問題もあるだろう。

 戦場で総大将が討ち取られたもう一つの例である龍造寺隆信も輿を使っていた。

 移動力がどうしても落ちるので、戦況の変化に即応できない危険性がある。


 というか、輿で来るくらいなら戦場に来るな。



 ……何も変わらないまま事態が進展している。


 できることはといえば、俺達の部隊がなるべく近くを警戒することだが。


「民と触れ合うのに軍がゾロゾロついていたら敵わぬでおじゃる。お主だけついて参るでおじゃる」

 部隊と切り離され、俺だけついていくことになった。


 と、天候が悪化してきた。

 霧まで出てきた時、前の方が騒がしくなってきた。

「ぬ? 何があったのでおじゃ!?」

「殿、敵襲かもしれません! 早く安全なところに!」

 と言ったものの、安全なところがどこかが分からない。

 ここで変に下がってしまえば、後ろの連中が「大将が逃げてくるけど負けたの?」とびびって総崩れになる危険性もある。と言って、横に逃げれば孤立したところを襲われる危険がある。


 そうでなくても動きの遅い輿に乗っているのに、逡巡してしまったことが命取りとなった。


「げぇっ!? 織田軍!?」


 気づいたら織田軍が殺到してきていた。


「ぬぅっ!? 痴れ者が!」


 義元も刀を抜いて応戦しているが、織田の方が勢いが良い。

 このままではやられる!


「ぐあっ!」

 その時、義元に斬りかかろうとしていた兵の眉間に穴が開いた!

 ズキューンという余韻を残す音が広がり、義元を斬ろうとしていた兵士達が泥濘に沈んでいく。

 おぉぉ、あいつだ! あの狙撃者が助けてくれたんだ。

 俺は歓喜のあまり叫んだ。

「ありがとう! ゴ▽ゴ13!」


 もう一発、ズキューンという音が響いた。


「……あれ?」


 俺の意識は暗闇の中に消えて行った。



"結末"

『ダメじゃない。彼の名前を大声で叫んだら。速攻"有罪ギルティ"で射殺されるんだから』

「……うるせぇ。あの状況で救いを見たんだ。名前くらい呼びたくなるだろう。結局、義元は桶狭間を生きのこったのか?」

『もちろん。彼は信長も狙撃して今川の逆転勝ちになったわ』

「……俺は何のために転生したんだ? それであいつは天下人になれるのか?」


 桶狭間で織田を倒した今川義元は、西三河と尾張の支配権を確立した……

 ……というほど甘くはない。在地領主があれやこれやと抵抗する。

 義元がその利益を狙ったという伊勢湾にしても、現地の海商と義元お抱えの駿河の連中と反りが合わない。これをうまいことまとめるのには数年かかるだろう。


 そもそも、戦国時代はほとんどの連中が拮抗していた。

 一気に解決に向かうのは、織田家が物量で圧倒できるようになって以降の話だ。毛利も武田も上杉もホームでは強いが、そんなに遠くまで行けるものではないし、遠くまで支配できる体制がない。


『義元一代では美濃まで制圧するのが精いっぱいのようね』

「その次は氏真か……」

『戦国のファンタジスタなんて揶揄されているくらいだものねぇ……。元康と争ったりして、ダメになるかも』

「いっそ元康が今川当主になった方が」

『戦場で討死にしそうになる点でも、義元の後継者っぽいしね』


 確かに。

 三方ヶ原と大坂夏の陣で死にかけていたな。

 死なずに済んだのは多分、家康は輿を使わなかったからだろう。

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