第33話 リバース・桶狭間 後編

 永禄三年、遂に出撃令が下された。


 今川義元を含めた中核部隊も含めて、三河から尾張へと侵入するという。


「殿、拙者もお連れ下され!」


 掛川城主である俺は、そのままだと部外者だ。

 しかし、部外者であるうちに義元が討ち取られてしまうのは余りに情けない。史実の朝比奈泰朝が何を考えたのかは分からないが、歴史を知る俺は同道を願う。


「仕方ないでおじゃ。お主を連れていくでおじゃるよ」


 何だろう、この滅茶苦茶イラつく感。

 俺が助けに行ってやるはずなのに、まるで恩を売られるかのような言い方は目茶苦茶ムカツク。


 義元は大仰にやりたがるから、「行く」とは言っても簡単に駿府を出てこない。

 これは一発逆転を狙う俺にはチャンスでもある。何とか、義元が来る前に起死回生の策を……。

 打てない。

 客観的に見れば今川が有利で、起死回生を狙うのは織田側だから、だ。


 今川と織田のトータルの実力差というのは、実はそこまではない。

 今川が3で織田が2くらいのものである。3:2だ。

 しかし、この局面で見ると差が開く。

 今川は後背の敵を気にしなくていい。甲相駿三国同盟で東も北も安泰だ。対織田に全力を出せる。

 一方の織田は北の美濃と敵対しているし、尾張にしても反対派が残っている。今川に全力でぶつかれば、尾張国内に隙が生じる。だから、全力を出すことができない。

 結果として、この局面では9:1くらいまでは開くはずだ。


 ただし、勝てる差というのは、時に危険も孕む。

 桶狭間同様に総大将が討ち取られたもう一つの合戦・沖田畷では島津家久がうまいこと龍造寺家の軍を不利な場所に誘い込んだという。そのうえで、少しずつ龍造寺の軍勢を削っていった。

 自陣の圧倒的有利を疑わない龍造寺隆信が前進を命じた時には島津の誘い込みが完成していたと言っていい。

 桶狭間の信長は島津家久ほど洗練されてはいなかったが、今川方に「こちらが有利」と思わせて前のめりにさせていったことは疑いがない。有利有利と思っているうちに今川本陣と信長主力の距離が縮んでいたというわけだ。


 それを避ける方法は簡単だ。

 義元に後ろにいてもらえばいいだけのことである。

 とはいえ、これが難しい。


「ホホホホホ、織田上総介は清州で震えているでおじゃる。余裕でおじゃるな」


 とにかく義元は根拠のない自信を持っている。

 WBCのチェコ代表に放り込んだら、「大谷に憧れるのはやめましょう」とか言いかねないほどだ。


「殿。清州で震えている織田信長など相手になりませぬ。殿は岡崎あたりでのんびり構えていてくだされ」


 俺は松平信康とともに義元の自重を求める。

 そう、後の德川家康たる松平元康も、この時代は先行き不安な中小城主の1人だ。中途半端な中小企業の社長でいるより、安定のある大企業傘下の方が良いに決まっている。そのうえで、元康は大企業社長の幹部の娘(瀬名)と結婚できたのだから昭和の時代なら大成功の類だ。


「泰朝、元康、それはならんでおじゃ。足利将軍家に繋がる名門の麿が顔を見せてこそ、尾張の民も満足するでおじゃ」

「しかし、尾張の民は殿の顔を知りませんぞ」


 元康(家康)が素晴らしいツッコミを入れてくれた。さすがの天下人、突っ込みもキレッキレだ。


「元康。そちは民の真の心というものを知らん。真の民は理想の君主を思い描いていて、一目見ただけで一目惚れするのでおじゃ。すなわち、麿を見れば、尾張の民は麿が真の支配者であると一目惚れするのでおじゃ」


 マジか……?

 まあ、ラノベならありえない展開ではない。

 史実ではそんなことはなかったはずだが、もしかしたら、今の義元にはそんな力があるのかもしれない。

 ……と考えるのはかなり無理筋だが、本人がそう信じているのだから、とりあえず突っ走ってみよう!



"千瑛ちゃんの一言"

「以下、結末章に続くわ」

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