第32話 リバース・桶狭間 中編
かくして、俺は謎の狙撃者(?)とともに戦国の駿河に転生した。
朝比奈家は今川家の中でも重臣であり、掛川城の城主だ。
1557年、父が死んだことで朝比奈家の当主となった。翌年正月、駿府に出向いて新年の祝辞を送る。
ここまで、特にやることは何もない。
いや、本当はあったのかもしれない。
「泰朝、首尾は上々でおじゃるか?」
俺の真上から、でっぷりとした体格でお歯黒とパンダ眉が目立つ男が尋ねてくる。
これが俺の主君である今川義元だ。
戦国無双の今川義元を連想してもらえれば良いのではないか。
「はっ、統治には何も問題はございません」
「それは重畳。ホホホホホ、時に泰朝」
「ははっ」
「麿はそろそろ天下人になりたいでおじゃる」
……いきなり何を言い出すんだ? この豚パンダは。
「……殿、恐れながら天下人となるためには、三河を完全に掌握し、更に尾張、美濃、近江まで勢力を伸ばす必要がございます。簡単ではございません」
今川義元は天下を狙ってはいなかったという話だぞ?
何故、いきなりこんなことを言い出すのだ?
「そんな七面倒なことはいらぬでおじゃ。知多を押さえて伊勢・三河の海を押さえるのでおじゃ。さすれば、今川の財力は他を圧倒し、美濃の斎藤や近江の六角ごとき、麿にひれ伏すのでおじゃ。大内家が上洛するに際して、一々中国地方の者共を討伐したのかえ?」
くっ、このパンダ豚、中途半端に馬鹿じゃないから始末が悪い。
義元の言う通り、室町後期において圧倒的に強かったのは大内家だ。この時点では陶晴賢によって滅亡してしまったが、義隆の父・義興は上洛して事実上天下人となっていた。
大内家の強さは瀬戸内海や明との交易にあった。
それと比較するとやや弱いが、三河湾や伊勢湾を押さえてしまえば、今川家も周辺を圧倒する。
「武田と北条と同盟を結んでいて後背の心配はいらないでおじゃ。今こそ、攻める時。のう、
「殿、雪斎僧正は三年前に亡くなっておりますぞ」
「おぉ、うっかりしていたでおじゃる」
大丈夫か、こいつ……?
とにもかくにも、西に向かう方針が決定された。
松平元康らが動員されて、尾張東部を荒らすようになっていく。
その流れは順調なのだが、これだけではダメなのだ。
その最たるものが。
「ホッホッホ♪ 尾張東部で戦果が出ているでおじゃる。上々、重畳」
そう言いながら、京から来た貴族と蹴鞠に明け暮れる義元。
「ある程度締めあげたところで、麿が直々に出向いてひれ伏させてくれよう」
言っちゃった。言っちゃったよ、自分が出て行く宣言。
無駄だと思うが、一応止めてみるか。
「殿、現時点で既に成果が出ておりますので、あえて殿が出張ることもないと存じます。殿は駿府でお待ちくだされ」
「泰朝、そちは民の心を分かっておらん。民は、信長のような荒くれものではなく、誰もがひれ伏すような名門の威光を欲しておるのじゃ。すなわち、足利将軍家にもつながる麿! 麿の威光を、民が求めているのでおじゃる!」
求めてねぇよ。
民が求めているのは、平々凡々な日々だよ。
名門とかがやってきて、何が起こるか分からない世の中が一番嫌われるんだよ。
そんなことを言って、聞くような奴なら苦労はしない。
1559年、義元は近々出陣することを決定した。
「少なくとも名古屋までは占領するでおじゃる。調子が良ければ、そのまま上洛してしまおうかの♪」
本人は上機嫌だ。
でも、この何となく目的が曖昧な状況なのが一番危ないんじゃないかと思う。
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