第29話 科挙とラノベの怪しい関係・中編

 ということで、明末期にやってきたわ。


 最末期ではなく、その少し前、党争を激しくやっている頃ね。

 現世に対する希望が薄れてきていて、漠然とした不安が広がってきているわ。


「郁子さん、科挙というものは基本的には中国古来の文献を追求しているものよ」

「現実にはそぐわないものですわね」

「……否定はしないけど、中国の精神を体現しているとは言えるわ。それをあいつみたいに……」


 転生者が子供達に教育を施しているわ。

 科挙は合格者が極めて少ないから、一次試験の合格者とか、長年の受験者にはちょっとした家庭教師なり教職が与えられることも多いのよ。

「良いか。展開の中に"ざまぁ"が含まれていなければならない。これを意識しつつ、書き出しをはじめ、文を展開させるのだ」

「先生、流行り廃りがありますし、最近は以前ほど"ざまぁ"は受けていないのでは?」


「……生徒側も大分染まっておりますわね。既に朱子学やら他の話が駆逐されそうになっておりますわ」

「そうよ。朱子学や五経を極めるのは難しいけれど、テンプレでいさかいを起こすのは簡単だからね。党争が好きなこの時代の気風にマッチしてきているのよ」



 一方で、明末というのは商業活動は盛んで、民間が潤っているという部分はあったの。

 そうした民間は、あまり還元することなく自分達周辺の繁栄だけ考えて、小さくまとまってしまったのね。


 こういう面々を郷紳きょうしんというのだけど、


①自分達周りで小さくまとまり、国などに頼らない者が増えた

②国は放置され、税収も減った

③郷紳など地元に寄る辺を持たない者は少ない税収を奪い合い、党争がより活発になる

④党争に嫌気が差して小さくまとまり、国などに頼らない者が増える


 という流れが完成するわけね。

 明末はこの負のスパイラルが続いてしまったの。


 まあ、明末に限らないのかもしれないわね。

 斜陽国家というものは多少の違いはあれどまとまりが小さくなって辺境が不安になり、それがどんどん中央に及んでくるに至って崩壊するという流れを辿るのでしょう。


「……中央政府の質が落ちるので、ますます学を修める者も少なくなって、より簡単なテンプレ争いをするのですわね」

「そうよ。ただ、これを放置しておくと科挙の及第生の質が劇的に低下して、清もハチャメチャになってしまう可能性があるわ。それが近隣国にも伝わって、日本や朝鮮、東南アジアもハチャメチャになってしまうかもしれないのよ」

「大変ですわね」



 別の転生者の私塾はどうなっているのかしら?


「『ドギューン!国家は破綻の危機にある』。このくらいインパクトのある書き出しが重要だ」

「「はい、先生!」」


「答案文にガガーン!とかドッカーン!とかが入りまくっておりますわね」

「……科挙の答案文には定型の形というものがあるわ。それは何故だか知らないけど八百年守られてきたけど、一度、レールをずれてしまうと、こういう刺激的な表現がとってかわる危険性もあるということね」

「これは非常にヤバいですわね」

「……まあ、それは何とも言えないわ。表現として伝わりやすいのは確かだからね。かのウィンストン・チャーチルは『20代で社会運動に共感を示さない者には人間の心がないが、40代で保守でない人間は問題だ』と言ったらしいわ。私はこう言いたいわね。『小説を書き始めた頃にドッカーンと書かない作家は頭でっかち過ぎるけれど、10年20年経って尚ドッカーンと書いている作家は勉強をしなさすぎる』と。画一的な見方というものは、一部の層のみを取り込み、他の層を見捨ててしまうという問題があるものなのよ」

「作者、今回これが書きたかっただけですわね」




"千瑛ちゃんの一言"

「実はチャーチルの発言ではないらしいけどね」


"その頃の女神"

「山本由伸もドジャースだ! すっごーい!」

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