第16話 逆襲の意次? 後編・②

 続いて、オスマン帝国に送ることにした。


 ただ、オスマンも時代が長いんだよな。どの時代に送るのが良いのだろうか?

 迷った時はサイコロで決めよう。

 おっと、セリム1世の時代か。


 いや、セリム1世はまずいんじゃないか?

 メフメト2世と並ぶオスマン最強の君主だが、「冷酷者」のあだ名があるくらい怖い奴だからな。ミスって処刑されるかもしれん。


 これは危険だからやめておこう。"ニャ"


 ニャ? ポチッ?


 あー!

 おまえは前回滅茶苦茶なことをしたネコ!

 おまえ、またボタンを押したのか? キャンセル無しで意次をセリム1世の時代に送ったのか!?


 意次は送られてしまった。

 もう、仕方がない。後は見守るだけだ。


 オスマンのハーレムが形作られたのはスレイマン1世の末頃と言われている。

 ヒュッレム・スルタンがスレイマンの信任を得て、実質的なナンバーツーとなってからだ。彼女の死後もキョセム・スルタン、トゥルハン・スルタンといった大物が続いたのだ。


 今、意次がいるのはその前時代だ。ハーレムの影響は色薄い。

 大奥の扱いを得意としていた意次にはハンデとなる。


 しかし、そこは意次の出世力だ。親戚などにうまく取り入って頭角を現してきた。


 もっとも、スルタンのセリム1世の評価はよろしくない。

「貴様が意次か。フン」

 とそっけない態度だ。


 セリム1世は「冷酷者」という名前を取り、無能な連中はどんどん処刑する。

 一方で学者などには深い尊敬の念を有している。偉い学者が馬の操縦をミスってセリムに泥をひっかけた時に「おまえからかけられた泥は、朕にとっては飾りとなるだろう」などと言った話がある。

 意次は無能ではないのだが、学者肌ではないからな。それはどちらかというと定信の方だ。


 意次得意の稀有壮大も、相手がセリム1世では分が悪い。

 マルジュ・ダービクやチャルディラーンで勝利して、エジプト、イラン地域までどんどん進出するという、派手極まりないセリムが大花火大会だとすると、意次の計画は行って線香花火だ。勝ち目がない。


 このままでは賄賂を貰うだけの中堅官僚として終わってしまいそうだ。

 というか、実際に賄賂を貰っているし。


 む?


 イタリアから船がやってきたぞ。

 あれは、活版印刷機!?

 オスマンが頑として認めなかった活版印刷機を持ち込んできたぞ。

 そうか、意次の奴、イタリア商人から賄賂を貰って、活版印刷機を持ち込んで、クルアーンを印刷して更に利益を得るつもりなんだ!


 賄賂を貰って国に喧嘩を売る方向に行くとは!


 ところが意次は警察などにも賄賂を回して捜査をさせないようにした。販売も帝都イスタンブルや大都市を避けたこともあって、軌道に乗り始めた。


 地方に、地味に宗教改革が浸透しはじめている。

 オスマンで知識改革をしようとは何という大胆な……


 セリムは治世10年で死に、スレイマンがスルタンとなった。オスマン全盛期の始まりだ。

 しかし、その頃には意次の仕掛けたトルコ・ルネッサンスが始まろうとしていた。地方での聖典理解が進み、更に本家イタリアのルネッサンス作品なども賄賂をもらって流し始めた。「イスラームの在り方がおかしいのではないか?」という運動が起き始めたのだ。


 遂に地方からの運動がイスタンブルにもやってきた。

 当然、スレイマンをはじめ宰相たちもびっくりした。気が付いたら、怒涛の勢いでルネッサンス運動が流れてきたのだ。


 彼らは徹底した調査を行い、ついに意次が賄賂をもらって活版印刷機やルネッサンス作品をトルコに持ち込んでいた事実を突き止めた。

 当然のように意次は処刑された。

 一体、何をしたかったんだ、あいつは……


 しかし、意次が持ち込んだ運動は、壮麗者と呼ばれたスレイマンであっても止められない規模にまで広がっていた。

 そこは大国の最強君主、スレイマンはここで国家を徹底的に分裂させるのは得策ではないと考えたようで、妥協した。

 ここにオスマン帝国の特権階級が政治も宗教も支配するという仕組みは崩壊した。今や宗教書は誰でも触れるものとなり、下の階層から優れた神学者が次々と生まれた。


 これによって、アラブ地域に知識が広がった。当然、それはオスマンの支配に反抗するものとなる。

 オスマンが弱くなった18世紀半ば、彼らは「代表なくして課税なし」とスルタンに反発し、アラブ合衆国として独立した。

 世界にアメリカとアラブという二つの合衆国が生まれたのだ。


 意次は結果としてとんでもないことをやってのけた。


 本人は200年以上前に処刑されているし、何がやりたくてそんなことを始めたのか、さっぱり分からないが。



"反省会"

「結局、あんたは何がやりたかったんだ?」

「美味しい政策は全部学者や特権階級が独占していて、ムカついたんだ」

「それで意趣返しとして、ああいうことをやったわけか。賄賂も取れるし。結果として知る人ぞ知る重要な人物になれたぞ、良かったな」

「良くない! わしは処刑されたんだぞ!」

「賄賂取っている時点で、存命時にみんなに尊敬されるのは無理だっての」

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