第12話 史上最低の布陣・後編

 予想以上に酷い東軍の状態を目にし、俺はこのままでは勝ち目がないことを悟った。

 あの新居千瑛が「破滅的な敗戦必至」と言ったのはダテではない。


 つまり、東軍に頼ってはいけないということだ。

 東軍なのに東軍に頼ってはいけない。

 まるで哲学のような状況になってしまった。


「内府様」

 俺は素性を説明して、徳川家康と面会した。

 観音様に仕える猫が悪ふざけをして、四天王ら主力を歴史上のダメ人間に替えてしまったと説明し、何とか理解してもらう。

「わしは一体どうすればいいんだ? そちらの失態なら何とかしてくれ!」

 どうする家康を遥かに飛び越え、どうしようもない家康は俺に泣きついてくる。


「……正直、連れてきた軍はアテになりません。アテになるのは小早川秀秋のみです」

「そ、そうか……金吾中納言か」


 関ヶ原の小早川秀秋というと、裏切ったというようなイメージがあるが、実際には早い段階で東軍側についていたと見て良さそうだ。

 彼の率いる一万五千を早々に動かして、無能四天王+郭図が綻びを露呈する前に早期決着を見るよりほかない。

「小早川もアテになりません。いずれ機を見て殺すべきでしょう」

 と進言する郭図は本当にぶん殴ってやりたい。


 史実を見ても分かるように、秀秋は帰趨をはっきりさせないことで自分を最大限に高く売りつけることに成功した。

 つまり、安易にこちらには乗ってこないわけだ。

 秀秋としてみると、戦況を見極めてから東軍に着こうと思っているはずだ。

 それでは困るので何とか早く動かす必要がある。


 早く動かすには何が必要か。

 それはカネ、領土だ。

「二〇〇万石くらい約束しないといけないかもしれません」

 何せ唯一役に立ちそうな奴なのだからな。

「むむむ、やむをえん。しかし、秀忠め……」

 確かにこうなってくると、秀忠の遅参は更に痛くなってくる。

 しかし、そんなことを言っても始まらない。


 東軍が勝利するためには、とにかく小早川秀秋にさっさと動いてもらうしかない。

 だから、開戦前に動いてもらうべく、秀秋の説得へと向かった。

 秀秋は酒飲みで半分アル中だという。

 酒を飲みながら、二〇〇万石を約束すればどうにかなるだろう。


 開戦当日の前夜、松尾山に布陣する小早川秀秋のところにたどりついた。

 家康の親書を携えて酒でも飲みながら話をしようともちかけたのだが、様子が変だ。

「内府も治部も、俺のことを侮って馬鹿にしているんだろう! だから、こっちだって何をするか説明してやるものか!」

「いや、こちらは馬鹿になどしておりませんぞ」

 というか、さすがにそこまでは言えないが、現状おまえしか頼りになる奴はいないんだよ。

「そもそもだ。戦の準備をしておらん」

「……へっ?」

「俺は伏見城のあとしばらくブラブラしていて、急遽参戦することを決めたからな。兵達は準備不足だ」

 えっ、準備不足のまま裏切ったの?

 あぁ、でも、大谷吉継がやられたのは小早川秀秋よりもむしろ脇坂安治や朽木元網達が連鎖して裏切ったのも大きかったって話だよな……。

 そうか、秀秋が裏切っても、あいつらが無理だとどうしようもないのか。

「しかし、それでも!」

 俺は二〇〇万石を約束して、どうにか秀秋を説得した。


 戦いが始まった。

 開戦と同時に秀秋が西軍陣地になだれ込もうとしたが、脇坂達がついてこない。「小早川、卑怯なり!(東軍の様子が変だからもうちょっと西軍でいよう)」と迎撃している。

 準備をしていなかったのは本当なようで、秀秋の部隊は九割の損害を出してボロボロのまま松尾山に戻ってきた。そのまま防御一辺倒で再度の攻撃は出来そうにない。


 終わった。


 宇喜多軍が正面から易々と撃破し、あっという間に家康本軍へも攻撃を始めた。南西からは大谷が脇坂達を引き連れて攻撃に向かってくる。小早川は動けない。

 ここまで来ると南宮山にいる毛利秀元もさすがに空弁当というわけにはいかない。吉川広家も諦めたようで南東からも攻撃してくる。


 翌日、俺は家康の切腹を見届けて、天界に帰ることになった。

 惨敗だった。



"みんなの一言"

「小早川秀秋、期待したほど使えなかった……」

「申し訳ないわ。あの後、ネコが更に小早川秀秋をコンラート・フォン・ヘッツェンドルフに替えてしまったみたいなのよ」

「何だとぉ!?」

 最後の望みの綱まで変えられていたのか!

 これ、絶対殺すマンな奴じゃないか!

「でも……、この二人に関しては、あまり変わっていなかったかも……」




今回の皆さん

・グナエウス・マリウス・マクシムス

 キンブリ・テウトニ戦争の時のローマ軍司令官。平民出身で戦闘経験がなかったためか同僚に頼り切りなうえ、その同僚も尊大な性格故に問題を引き起こして大敗した。カンネーの時も含めてローマの双頭司令官はフラグかもしれない。


・ルイージ・カドルナ

 第一次世界大戦開戦時のイタリア軍総司令官。正面突撃を繰り返してオーストリアに大敗し、解任されたけど、ファシスト政権でも使われている。


・ジョージ・マクレラン

 南北戦争の時の北軍司令官。ロバート・リー相手に攻勢に出ることなく、ほとんどの戦いで劣勢で無能扱いされ、リンカーンに解任された。


・グレゴリー・クリーク

 スターリン時代のソ連の司令官。ポーランドで、フィンランドで、レニングラードで失敗し続ける。そうでなくても評価の低いソ連軍の中で一際評価が低い。


・コンラート・フォン・ヘッツェンドルフ

 第一次世界大戦時のオーストリア軍司令官。山越えの準備不足なのにカルパティア山脈越えを決行して9割……80万の損害を出した。同盟国のドイツ軍からも馬鹿にされたらしい。

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