第132話 李顕(唐・中宗)に転生しました・後編

 俺は韋静と結婚し、しばらく大人しくしていた。

 そうこうしているうちに長兄の李弘が死んだ。

 数年後、父が死に、次兄の李賢は死を強要された。


 かくして、俺は皇帝となった。


 とは言っても、実権はない。

「キミはまだ若いから、ボクが政務を見るよ」


 史実では、中宗はこうした母の専横に反発して、義父である韋玄貞を重用しようとした。文句を言われると「このくらいの地位で文句を言うな。俺はその気になれば、韋玄貞を天下人にすることだってできるんだぞ」と言い返したらしい。結果、54日で廃位される。

 廃位されるわけにはいかないので、大人しく耐えることにした。


 もっとも、廃位されなくても母の野心は膨れる一方だ。


「うーん、もういっそボクが天下を見た方が良いかな」


 そう言って、武周王朝が立てられた。

 俺は武顕と名前を変えることになって、そのまま皇太子になった。

 皇太子から皇帝になって、また皇太子に逆戻りという訳の分からない人生。


 俺を助けようという者は誰もいない。いや、いても母に敵うはずがないから、いなくていいのだが。


 俺は冬の枯れ木だ。風雪を耐えるのだ。

「貴方、私だけはどんな時でも味方ですよ」

 そんな時、ぴったりとくっついてくれるのが韋静だった。

 俺もまた、彼女に安らぎを得て、耐え凌ぐことができた。


 夫婦そろってやることがないニート状態なので、子供だけは増えていく。


 だが、何という悲劇だろう。

 息子の重潤がよりによって祖母に対するクーデターを企てて、見事にバレてしまったのだ。


 俺は久しぶりに宮殿に呼び出された。

 母は80近いがまだまだ元気だ。


「顕。キミの子供のことは聞いているかい?」

「聞いております……」

「ボクは彼をどう扱えば良いと思う?」

「皇帝陛下に謀反を企てるなどあってはなりませぬ。ただ、血を分けた孫でもあるはずです。公開処刑だけは免じてください」

「ボクもそこまで残酷じゃないよ。では、キミが彼に死を賜えてあげたまえ」

「承知いたしました」


 何ということだ。

 息子に自ら死を命じなければならないとは。

 こんなことを静に言ったら、どれだけ悲しむことだろう。

 俺には他にも息子はいるが、全て別の女との子だ。

 静との子は、彼しかいないのだ。


 しかし、皇帝の命令は絶対だ。

 俺は、静に伝える。

「謀反を企ててしまったのは大罪なのだ。俺にはどうしようないんだ」

「……分かりました」

 俺は重潤に死を命じた。彼は従容として毒を飲んだ。


「いつまでもこのままではいない。母ももうすぐ寿命が来るはずだ。そうなったら、俺達の天下だ。そのときは二人で良い国にしよう」

「あなた……、ウッ、ウッ……」

 俺は静かに泣く妻を力強く抱きしめた。

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