第101話 最も可哀相な皇帝杯・中編

『それでは、各皇帝に、何故自分がもっとも可哀相な皇帝にふさわしいかPRしてもらおう』


 まずは日本の崇徳天皇からだ。


「私は、日本三大怨霊として恐れられている! 私の父親は、実は鳥羽天皇ではなく祖父の白河法皇だったから、忌み嫌われていたのだ!」

『なるほど、父親だと思っていた者が、実は歳の離れた兄だというのはよろしくないな』

「確かな資料があるわけではありませんが、白河法皇ならやりかねないと思われているあたりが、アレですわね」


「私は権力争いに敗れ、上皇の身でありながら流罪にされた! しかも、その後、平和を祈願して収めた書物に『これ呪われてんじゃねえの?』とイチャモンをつけられ、突き返されたのだ! こんなひどい話があっていいだろうか!?」


 うーん、可哀相って言えば可哀相だが。

「世界一可哀相感はないわよネ~」

「怨霊っていうけれど、幽霊も楽しいものなのよ」


 聴衆の反応もイマイチだ。

 極端に血生臭い事件がなかった日本だけに、インパクトは弱いようだ。

 次に中国から唐の中宗だ。


「皆さんねぇ、聞いてくださいよ……。男はね、まずは母親に恋するって言うじゃないですか。次に自分の妻に恋して、最後に自分の娘に恋するものですよね……」

『そういうもんなの?』

「まあ、自分の娘が最後の恋人みたいな話は聞くかも」


「あっしは、皇帝になりましたが、母親の則天武后に『こいつはとてもふさわしくない』って言われて廃位されてしまいましたね。で、母親が皇帝になって、それから長いこと皇太子になったんですよ」


 ふむ。まあ、こいつ自身が妻の家族を必要以上に取り立てようとして母親に激怒されたということだが、母親が則天武后でなければ廃位されることはなかっただろうな。そういう点ではついていない。


「母親が高齢になって退位して、ようやく復活したんですけれどね。今度は妻の韋后と娘の安楽公主に『あいつを殺して、あたし達が皇帝になろう』と思われてしまいまして、ね。で、殺されたってわけです。分かりますか? あっしは、母親にも、妻にも、娘にもダメ出しされたんですよ? 一人にダメ出しされるだけでも悲劇なのに全員にダメ出しされたんです。こんなに惨めな男は他におりやせん」


『確かに惨めだ』、『惨め過ぎるわね』

「男として最低ですわ」

「宦官よ。こんな悲劇を避けるために宦官が必要なのヨ」

「これだけ悲惨だと、幽霊になっても楽しくないわね」


 中宗は大分評価をあげているようだ。いや、評価を下げられているという方が正しいのだろうか?

 次にシャー・アーラム2世が出て来た。


「わしは……ムガルの衰退期の皇帝で、権力争いに巻き込まれまくった。父親を殺されて即位したが、すぐにイギリスに抑え込まれて、いきなり年金生活だ。その後、何とか皇帝としての権威を取り戻したいと奮闘した」


『中々大変だな』

『でも、これだけだと中宗とは比較にならないほどハッピーだわ』

「年金欲しいですわ」


「マラーターと組んでデリーを取り戻したが、宰相ら部下の喧嘩に巻き込まれてしまってのう。あろうことか、わしは両目をくり抜かれて盲目にされてしまい、息子達は鼻をそがれてしまった。しかもそのままロクな食い物もないまま二か月くらい放置されてのう」


「悲惨というか、よく生きていたわネ……」

「とてつもない生命力だわ……」


「結局、イギリスに救い出されたのだけれど、その司令官の記録には『偉大なアクバルやアウラングゼーブの子孫が、年老い、盲目になって、権威をはぎとられて、貧しい境遇に追いやられて、ぼろぼろになった小さな天蓋の下に座っている。この天蓋は皇帝の威厳のかけらであり、人間の誇りの形骸である』とまで書かれてしもうたのじゃ」


『これは悲惨だわ』

「惨めな日常を記録に残されるのは稀ですわ」

「むしろ死んだほうが良かったのかもしれないワ?」

「なまじ本人が有能で体力もあったから、途中で死ねずに悲惨感がより浮き彫りになるわね」


 シャー・アーラムの評価もかなり上がっているようだ。

 次にムスタアスィムだ。


「俺様はアッバース朝のカリフとして楽しい生活を送っていた。俺様は黄金が大好きだった」


『こいつ、この大会の趣旨を分かっているの?』

「場違いですわ」

「アホなんじゃないかしら?」

「馬鹿ね」


「俺様は友好の印として女奴隷をエジプトに送ってやったのだが、そいつは結構頭が切れる女で、十字軍を追い返したうえにマムルーク朝を建国した」


 シャジャル・アッ・ドゥッルのことだな。


「俺様は『俺様が送った女しかスルタンがいないなら、余が治めてやってもいいぞ?』とエジプトに宣言したものだ。俺様はこの世の春を謳歌していた。そう、あの日までは……」


 あの日というのは、モンゴルの侵入だな。


「モンゴルの奴らは強かった。俺様はあっという間に虜囚になり、処刑された。しかも、モンゴルの奴は俺様を閉じ込めて『おまえは黄金が大好きらしいから、黄金をやるぞ』とかニヤニヤ笑って言いやがるんだ! 俺様はそのまま牢獄で黄金に囲まれて餓死した! こんなひどい話があっていいだろうか!?」


 ムスタアスィムの処刑方法としては、袋に閉じ込められて馬に踏みつぶされたという説もあるけど、な。黄金説の方が面白いから、こっちを採用した。


『死にざまは惨めだけど、可哀相というより「ざまぁ」って感があるわね』

「同情できないですわ」

「宦官よ。宦官を通じて交渉すべきだったのヨ」


 可哀相というよりは、むかつく奴枠で処理されているようだ。

 次は東欧代表ピョートル3世だ。


「僕はね、色々政策的難題に巻き込まれてしまってね。妻にクーデターを起こされて廃位されて殺されてしまったんだ」


 それは大体、みんな知っている。


『でも、中宗は娘も共犯だし』

「妻に殺されるのはよくあることですわ。中宗の方が上ですわね」

「宦官ヨ。ロシアも宦官を使うべきだったのヨ」


「待ってくれ! まだ結論を出すな! 僕はね、殺されただけでなくて死因でまで辱められたんだよ! 『皇帝陛下は痔が悪化して亡くなりました』ってね。何でこんなひどい死因にするの!? 他に死因なんていくらでもあるじゃん! 心臓発作とか脳溢血とか! 何で痔なの!? ねぇ、何で!?」


『うぷぷぷぷ』

「笑ってはダメですわ。オーッホッホッホ」

「宦官よ……、宦官に発表させるべきだったのヨ。くくく」

「それはエカチェリーナに聞くべきよ」


「しかも、だよ! 僕も妻もお互い不倫していた! エカチェリーナの後はパーヴェル1世が皇帝になったけど、こいつは妻の息子だが、僕の息子ではないことが確実だと言われている! つまり、僕は、血筋を完全に寝取られてしまったことになるんだ!」


 〇×の父親は実は別人でしたって話はある。崇徳天皇も言っていたし。

 ただ、ピョートルとパーヴェルはほぼ確実に父子ではないと言われているな。なのに、パーヴェルの息子世代も普通に「ロマノフ朝メンバー」ということになっている。これは悲惨と言えば悲惨だ。


『可哀相というより情けない感があるわね』

「ここまでダメだと冷めますわ」

「宦官よ。宦官を皇帝にすべきだったのヨ」

「妻と仲良くすべきだったわね」


 評価はイマイチな感がある。

 最後にカール7世が出て来た。


「私の存在は、ヴィッテルスバッハ家の希望だった。ヴィッテルスバッハ家は世襲皇帝位が欲しかったが、どうしても届かなかったんだ……」


 神聖ローマ皇帝位はいつの間にかハプスブルクが独占していたからな。


「私は、家の念願を果たすべく頑張った。ハプスブルク家に男がいなくなり、マリア・テレジアが女帝となった際に、自分にも皇帝になれる権利があると主張して、遂に勝ち得たのだ!」


『全然可哀相じゃないわよ』

「自慢話にしか聞こえませんわね」


「しかし! その日が頂点だった! ハプスブルク家は私を逆恨みして、こともあろうに私の本拠地であるバイエルンを占領してしまったんだ! 皇帝となったら、いきなり本拠地を奪われていたんだ! こんな悲惨なことがあるだろうか!?」


「悲惨だけど、インパクトは弱いワネ」

「……西欧も日本同様血筋が安定しているし、荒っぽい話も少ないから概ね平穏ね」


 全員のアピールが終わった。

 これから本格的な審議に入ることになる。

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