第97話 ジャンヌ・ダルクに転生しました・中編

 さて、フランスの一農民娘ジャンヌとして転生したわ。


 しかし、前回も思ったけど、この空中に浮けない感覚というのは本当に度し難いわね。

 自称聖女なら、空くらい飛べないものなのかしらね。


 ま、それはさておき。


「まず、貴女にとって成功とは何なのか、その確認をしなければならないわね。自覚してないかもしれないけど、貴女はこれで物凄い勝ち組なのよ」


 史実のジャンヌは「フランスを救え」という天啓を受けて、シャルル7世の下に駆けつけたと言うわ。

 もし、これが正しくて、フランスを救うために戦ったのならば、彼女のミッションは達成されたことになるわね。

 だって、フランスは勝ったんだもの。

「いや、でも、私は処刑されましたよ。それで勝ったと言われても納得できません」

「でも、その後にどういう展望があったのかしら?」


 一介の農民娘が天啓を受けて、フランスを助けた。

 それはカッコいいわ。

 でも、そういうトンデモ娘をどういう立場につけることができるのかしら?

 貴族にすることは不可能よ。身分制度はそんな生易しいものではないわ。

 聖女として修道院で大きな顔が出来るかもしれないけど、その先には教会内部の生々しい暗闘が待っていることになるわね。

 すべてを捨てて農民に戻る?


 何より危険なのはジャンヌが「シャルル7世は間違っている。もう一度フランスを救えと言われた」なんてもう一度言い出さないとも限らないことよね。

 支配階級からすると危険極まりないわ。

 となると、処分、しかも魔女として処分する以外の選択肢がありえなくなる。

 シャルルが見殺しにしたと非難されているけれど、こんな危険人物を助けようとすることの方がおかしいとも言えるわね。


 しかも、これはジャンヌにとっても良い結末だったのよ。

 だって、死んだ時点では魔女だったけど、後々聖女にしてもらえたのだから。

 処刑の苦痛はともかく、全ての当事者にとって最高の結末と言えるのよ。


「……列聖されている他の聖女を見てみなさい。貴女より悲惨な死に方をした者は沢山いるわ」

「いや、それはそうなんですけれど、でも19歳の女の子が火刑で処刑ですよ。これって世界史トップレベルに悲惨なことじゃないですか?」

「18世紀の中国に王阿従という女性がいたわ。彼女は自ら軍を率いて反乱を起こし、貴女よりよほど有能だったけど、清に負けて19歳で凌遅刑で処刑されたのよ。貴女より遥かに悲惨な結果なのに所詮プイ族という少数民族出身だから、話題にされること自体ないわ。こんな悲惨なことはあるかしら?」

「......」

「貴女はフランスというメジャーな国生まれだからこれだけ大きく残っているのよ。勝ち組過ぎるわね」


 あら、ジャンヌが木の枝で地面に何か書き始めたわ。

 どうやらいじけはじめてきたようね。


 でも、仕方ないことなの。

 真の己が何なのかを知ることはとても大切なのよ。

「でも、私はオルレアンを救って、敗戦の窮地から……」

「その点についても疑義はあるわね。そもそも、ジャンヌがいなくてもオルレアンは守られていた可能性も高いのよ」


 オルレアンにとって最大の危機は包囲された直後のこと、ジャンヌが登場する数か月前のことだったわ。

 この時点でイングランドにしっかりした計画を立てられて、猛攻を受ければ終わっていた可能性が高いのよ。

 しかし、この時のイングランド軍指揮官……ソールズベリー伯トーマス・モンタギューは、偵察中にオルレアンから放たれた一発の大砲砲弾に当たって重傷を負い、間もなく戦死してしまったの。


 若いけれど、歴戦の将軍だったソールズベリー伯の戦死は痛かったわ。しかも突然死んだものだから、彼の計画も分からなくて引継ぎももままなくなった。結局、戦況は膠着状態に陥ってしまったわけ。

 ここにジャンヌが華麗に現れて、開放したのよ。


 さて、この件。

 攻城側指揮官が戦死して攻城がストップするということも中々レアな事例だけど、他の面でもとんでもない奇跡と言えるわ。

 当時の大砲の精度を考えてみなさい。

 一発の砲弾が相手指揮官に命中するなんてまさしく奇跡的なことよ。

 しかもその一発は砲兵の息子が勝手に弄っているうちにうっかり発射してしまったものというから、さすがの私も驚くしかないわね。


 オルレアンは聖女に救われたのじゃないの。


 名も残らない子供が救ったのよ。


「その点もきちんと認識しなければいけないわね。ジャンヌ、貴女、『オルレアンは自分が救った』と調子に乗っているわ。そういう者は得てして足元が見えなくなるのよね」

「……はい。すみませんでした」

「そうね、反省は大切よ。反省することで前に進むことができるの」


 結論としてジャンヌ・ダルクはそれほどたいしたことはなかったのではないか、ということが分かってきたわ。

 それでいてトンデモな発言&登場の仕方をしたことで、本人の人生としてはお先真っ暗が確約されたことも理解できたわね。


 さて、こんなジャンヌは人生に何を求めればいいのかしら?

 どうすれば人生を全うできるのかしら?

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