第86話 ラ・ヴォワザンに転生しました・後編

 ワタクシの事業は好調に進んできました。

 そして、遂にあの女がやってきたのですわ!


 モンテスパン侯爵夫人。

 国王ルイ14世の寵姫として知られた存在です。

「私は夫を踏み台にして、陛下の寵姫となりました」


 そうでしたわね。

 モンテスパン侯爵夫人といいますように、彼女の夫はモンテスパン侯爵です。

 それでも国王に誘いをかけて、寵姫の座に収まりました。


 こういう場合の夫は中々に辛いものです。

 とはいえ、相手は国王です。普通は妻が国王の寵愛を受けたのなら、夫は妻を見初めたことを国王に感謝して褒賞金をもらって立ち去るものです。

 しかし、モンテスパン侯爵はかなり残念な人だったようで「王は私の妻を寝取った悪い奴だ」と言いだしたのです。

 とんでもない話ですわ。

 太陽王に喧嘩を売るなんて愚か極まりありません。

 モンテスパン侯爵は別罪で逮捕され、パリを追放されました。


「そこまでしたのに、陛下はより若い女を寵愛するようになってしまって。ウゥゥ、今は妊娠までしているの。悔しいわ!」

「侯爵夫人、分かりましたわ。必ずやその女を始末してみせましょう!」

 糟糠の妻を何だと思っているのでしょう。

 若いという理由だけで、夫を奪う男は許されませんわ。

「いえ、それだけでは不十分なの。私ももう結構な歳だから、陛下を惹きつけるようなことが必要です」


 なるほど。

 確かに若い女はフランスに山ほどおりますわ。

 現在の愛人を殺したとしても、新しい女が来てしまってオシマイとなりますわ。

 国王がモンテスパン侯爵夫人に夢中になるように仕向けなくては。

 しかし、そんな毒があるでしょうか?


 いいえ、世界は広いのです。

 必ずや、そんな毒もあるに違いありませんわ!


 方法を探す間は対症療法です。

 黒ミサで適当に誤魔化しつつ、新しい愛人マリー・アンジェリクを毒殺する手はずを整えることにいたしましょう。

「この薬を朝昼晩に三回飲ませれば、三日後に自然死のように死にますわ」

「ククク、ヴォワザン。おぬしも悪よのう」

「いえいえ、寵姫様には敵いませんわ」

「「オホホホホ」」


 ところが、モンテスパン侯爵夫人は用法を間違えて、朝晩の二回しか与えませんでした。

 結果、マリー・アンジェリクは流産しただけで本人は無事でした。

 流産のショックで修道院に行ったので、結果的に成功だったようですが、厄介なことになってまいりましたわ。


「ヴォワザン、どうしましょう。マリー・アンジェリクから証言を聞いて、陛下が捜査に乗り出しました」

「大丈夫ですわ。ワタクシに任せておきなさい」


 と、モンテスパン侯爵夫人には答えましたが、史実ではこの事件をきっかけにワタクシも逮捕されそのまま火刑に処されていますわ。

 ワタクシ、死ぬ気はさらさらありませんことよ。世界はフランスだけではありません。ワタクシは毒のことをもっと極めないといけないのです。


 ワタクシは換金できそうなものを換金して、とっととトンズラすることに決めました。残った故郷では、逮捕の嵐が吹き荒れたようですし、モンテスパン侯爵夫人も失脚してしまったそうですが、そもそも本人がミスったのがダメなのですわ。自業自得です。


 イタリアに逃げましたが、イタリアはフランスの影響が強いところですので、トルコに逃げることにいたしました。

 トルコのハーレムもフランス宮廷に負けないくらいの女の憎悪が渦巻いているところです。ワタクシの毒の需要は高いはずですわ。


 当時のオスマン・トルコの頂点にいたのは皇帝ではなく、その母トゥルハン・スルタンです。

 あぁ、ワタクシ、今度はこちらの支配者になってみたいですわ。

 まず、今回は自力で悪女の部下の地位を掴みますのよ!


 オスマンのハレムの頂点には皇帝の母が就くことになります。

 となると、現皇帝の妻は待つしかありません。

 この現皇帝の妻を焚きつけることといたしましょう。


「トゥルハン・スルタンを始末すれば、御身がハレムの頂点に立てますわ」

「うーん、そうなんだけど、あの人怖いから。聞かなかったことにしてあげるわ」

 何と!

 皇帝の妻ギュルネシュはワタクシの提案を拒否しただけでなく、「聞かなかったことにしてあげる」などと言いだしました。

 これはもう、ちょっと都合が悪いことがあればワタクシも始末するということに違いありません。

 恐ろしいですわ!

「それでは、ワタクシは不要ということで別の場所に移動しますわ」

 トルコを去ろうとしたワタクシをギュルネシュが止めます。

「まあまあ、せっかく来たのですから、もうちょっと滞在なさいな。何かしら必要なことがあるかもしれませんし」

 そう言って、ニッコリと笑いました。


 恐ろしいですわ!

 不要とあれば、いつでも捨て石にされてしまいそうです。

 いや、その前にワタクシは毒殺されてしまうかもしれません。


 恐ろしくてご飯が食べられなくなってしまいましたわ。



"女神の総括"

『で、毒かもしれないと思いだしたら止まらず、何も食べられなくなって餓死……クルト・ゲーデルみたいな死に方ね』

「加工されると毒かどうか分からなくなるので、全てが毒に見えてきましたわ……」

『せっかくオスマンのハーレムまで行けたのに残念だったわね』

「というより、またも騙しましたわね!」

『騙してないでしょ! 悪女の部下だったわけだし』

「その悪女のせいで人生失敗しましたわ!」

『45年も生きれば、この時代なら大成功よ!』


 またも醜い喧嘩をしています。しばらくお待ちください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る