第83話 上杉綱憲に転生しました・後編

 親父の説教を受けてキレてしまった浅野内匠頭は、遂に江戸城で親父に斬りかかり、即日切腹ということになった。


 ここからが勝負だ!


 よくよく考えてみれば、大石内蔵助は当初仇討ちには反対していたのだ。内匠頭の弟である浅野大学への継承の可能性があると見て、平身低頭していた。

 幕府がこれに応えて、所領半減くらいで赤穂藩を存続させていれば、大石内蔵助は仇討ちに乗り出さないのだ。

 暴発する奴はいるかもしれないが、その場合は藩を残したい大石の方が協力してくれるはずだ。


 赤穂浪士を返り討ちにするよりもこの路線が楽だ。

 世論は勝手に仇討ちを期待しているから、それに対する意趣返しにもなる。


「父上、ここは広い心で接するべきです。右の肩を斬られたのなら、左の肩を差し出すべきなのです」

「貴様ぁ! 息子のくせに何たる言い草だ! あと邪教の言葉を言っておらんか!?」

 激おこだ。

 親父を説得するのはダメなようだ。


 将軍・綱吉を説得するのも無理だろうから、絡め手を使うべきだろう。

 すなわち、将軍の母桂昌院と第一の側近柳沢吉保だ。


 桂昌院への説得は簡単だ。

「そもそも上様は、将軍の慈悲が何たるかを示すべき『生類憐みの令』を出したはずでございます。浅野内匠頭のやったことは許されませんが、周りの者達には慈悲を示すべきではないでしょうか」

 こう申し出ると、桂昌院は「被害者なのに何という慈愛をもった者なのでしょう」と感心してくれたようで、綱吉にも働きかけているようだ。


 柳沢吉保に対しては、彼が学術上で尊敬している荻生徂徠おぎゅう そらい経由で攻めることにした。米沢藩で彼の儒教論を進めたいと徂徠に弟子入りし、そのついでに忠孝の道に励む赤穂藩の者達を赦してやるべきではないかと説明する。

「彼らの忠孝の道を無碍むげにしてはなりません。それは儒の道に反するように私には思われます」

「一理あるな……」


 浅野大学と大石内蔵助にも直接会ってみる。

「この度の件、吉良家にも若干の落ち度がある故、万一大学殿が改易されたならば上杉家で召し抱えることもやぶさかではない。それゆえ、父のことは水に流してほしい」

 これには内蔵助も感動したようだ。

「何という厚情。拙者、上杉様のお言葉を忘れることはございません」


 じりじりとした攻防が半年ほど続く。

 と言っても、攻撃しているのは浅野に面子を潰されたと思っている綱吉と、親父だけだ。残りは大体、「浅野内匠頭のやったことは許されないが、本人の乱心が原因だろうから改易まではやりすぎだよ」となってきている。

 母と側近も勧めてきて、綱吉も大分トーンダウンしてきた。


 遂に、綱吉は「浅野内匠頭の所業は許すまじきものであり、当主を正すことのできなかった浅野家の責も大きい。しかし、家臣一同改悛しており、全員を路頭に迷わすのは適当ではない。よって、所領の半分を当面の間没収する。今後、浅野家が正しき道を歩んでいると判断されれば没収した分は返却する」という裁断を下した。


 完全勝利だ!


 大石内蔵助が早速訪ねてきた。

「上杉様のご尽力なければ到底かないませんでした。浅野家はこの御恩を末代まで忘れないことでしょう」

「うむ。今後、暴発する者が出ないよう、しっかり管理してくれ」

 綱吉が将来的な領地返還も約束したことで、内蔵助が反対派をしっかり抑えられるようになったことも大きい。万一、親父に斬りかかろうものなら「これこそ浅野家に対する不忠である!」と処断できるのだから。


 こうして、俺は大いに面目を施した。

 はずだったのだが……


「貴様ぁ! 父が斬られたというのに、何故そこまで浅野家に肩入れするか!? 貴様のような奴はもう息子とは思わん!」

 親父はブチ切れてしまっていた。

 これはまあ仕方ないのだが……


「上杉家って、父親が斬られたのに、必死に斬った側の応援していて情けないな。武士の風上にも置けない存在だ」

 思うような展開にならず肩透かしをくらった世論が、その鬱憤を上杉の方にぶつけてきやがった。

 お陰で俺は死ぬまで「親不孝者」、「武士の恥」の誹りを受けることになってしまった。



"女神の総括"

『結局、方向性が変わっただけで余生の間、馬鹿にされるのは変わりがなかったわけね』

「世論はひでぇよ……。憂さ晴らしの相手を求めているだけだった」

『これだったら、仮に赤穂浪士を全滅させていたとしても同じだったでしょうね』

「間違いない。悪の上杉家が非道にも大石らを弾圧したことになるだろうなぁ」

『いっそ浅野内匠頭を饗応役から下ろしてしまうのが正解だったのかも』

「その場合、奴が俺を逆恨みして斬りかかるよ。完全な詰みだ」

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